「だから青子ちゃんも気を付けてね!」
青子にはそういう事はしない。そんな風に言ってもくれない。蘭ちゃんは言ってもらえるんだ。それがすごく羨ましかった。
「快斗は、好きな子がいるんだよね」
なんでそれを、みたいな目で青子を見る。ほら、やっぱり。やっぱり、やっぱり。羨ましくてしょうがない。好きになってもらえる人が。嫌で嫌でしょうがない。なんで気付いたんだろう。気付かないまま、終わりたかった。こんなむかむかした気持ち知りたくなかった。好きな人しかいないのに、皆が嫌いになっちゃいそう。
蘭ちゃんには好きな人がいて、その人も蘭ちゃんが好きで。それじゃ快斗は振られちゃう。でも、ずっと黙ったままなの? 振られたとしても伝えられないなら、伝わらないなら。伝えたら少しは見てくれるんじゃないの? それとも……。だから、だから。
「蘭ちゃん好きなら何でそう言わないの?」
思いきってそう言ってみた。
「は?」
白い恰好をした快斗が、怪盗らしくない言葉を落とした。
それも一瞬。シルクハットが落ちるかと思う位頭をぶんぶん振って青子に向き直ると
「ちげーよ! なんでそーなるんだよ!」
声を荒げて叫ばれた。
隣にいたコナンくんが頭を抱えて俯いてふるえていた。
++++++++++++
「蘭ちゃん好きなら何でそう言わないの?」
「は?」
唐突な青子ちゃんの質問に間抜けな返事を返したのは白い怪盗。呆けたのは一瞬。何かを振り払うように頭を振って、目の前の子に向き直ると直ぐに言葉を投げ返す。
「ちげーよ! なんでそーなるんだよ!」
「だって色々してるでしょう?」
色々ってあれか。キス未遂やら尻に手やらか。こいつがオレに変装してた時の事か。そーだなしてたな。
「それはこいつがしてそうだから。変装してる時だし」
すっごい勢いで指さされてオレは反論せざるを得ない。
「オレはそんな事しねぇ」
「嘘だね絶対するだろ!」
「そんなまだ出来ねーよ。出来る状態じゃないからな!」
自分で言ってちょっと切なくなったが間違ってないからな。まだそんな風に出来る状況にはない。今は今で楽しいけど早く戻りたい。戻らない限り何もできない。
「コナン君も蘭ちゃん好きなんだ…そっか…」
「あ、ちが……いや、あってるけどそうじゃなくて!」
しまった、青子ちゃんにはコナンが工藤新一だと知らない。話がかみ合わなくなってしまう。
「大丈夫大丈夫。青子は分かってるよ。蘭ちゃんはかわいくて美人さんで強くてお料理も上手ですごいもん。で、それだけじゃないから好きになっちゃうよね」
「あ……うん、そうなんだ」
勝手に自己完結してくれて有難い。しかも蘭の事もよく判っている。彼女はとても素直だ。隣にいる白い怪盗は顔色がその装いと同じくらいの色になってしまっていて笑えるが。
「二人とも頑張って気持ち伝えなよ。蘭ちゃん好きな人いても伝えてないとね。ちゃんと失恋しないと新しい恋に進めないんだよ。ううん、伝えたら少しは何か変わるかもしれないし」
「いや、失恋も何も彼女に恋してないから絶対ないから」
諭すように言葉を紡ぐ青子ちゃんに怪盗が秒で反応してすっげー早口で言い放つ。そりゃそうだろうな。オメーがちょっかい出してたのは別に好きだからじゃない。逃れるためだけだ。そういや蘭が白馬に誘われててもこいつ一瞬素通りだったな。ちゃんと真似ろって言っただろ。そういうところ雑過ぎる…というか彼女以外どうでもいいんだな。普通の相手なら騙されただろうタイミングも相手が相手のせいか見抜かれたし。
「え、なんで」
必死の訴えに疑問を返されがっくり肩を落とす怪盗。大変だな、踏ん張りどころだぞ頑張れよ。
「なんでって。そんな相手じゃないから」
「どうして」
「好きな相手じゃないから」
「違うの?」
「違います」
即答に即答を重ねる。これだけ言っても信じないって、信用されなさすぎじゃないか? 彼女に何かしたのか? それとも何もしなさすぎなのか?
「…………なんで違うの?」
「なんでって、オレが彼女はそういう意味で好きになることはないから」
「じゃあ誰が好きなの」
「はあ!?」
どうにもこうにもに声を荒げる男に、理解不可能です不服ですと八の字眉になる彼女。普通はここでおかしいなとか思わないか? 好意の対象が違うんだって……いかねーかなあ、彼女の場合。自分に好意を寄せる人はいないと思ってそうだ。自分の一番というかそう言ったのはあっても、相手が自分を一番だと思ってくれることはないとそう思ってるというか。思ってるだろうな。
流石に怪盗にかわいそうっていうか憐れみの感情が沸いてきた。
「おい、キッド。はっきり言わねーと分かんねーぞ。はっきり言っても判んねーかもしれねーけど」
「オレの予定狂ってくるんですけど!? それにこの格好で言いたくないし!」
予定ってなんだ。服部みたいに告白はこういうとこでとかあるのかおまえにも。もういいからさっさと言っとけ。
「おめえの予定とか知らねーよ。オレは青子お姉さんの味方だから」
「うん、ちゃんと青子に教えて」
頷きながら怪盗に向き直る。そして一歩踏み込む。怪盗が一歩下がる。進んでねーじゃねーか下がるな。追い詰められてどうする。
「無茶言うな」
「無茶なの?」
彼女がオレの方を振り向き問う。
「無茶じゃないよ」
「無茶じゃないって」
改めて怪盗に笑顔で向き直る青子ちゃん。
「めーたんてー頼むからさー…」
なんか砂になって消えてしまいそうな雰囲気。オレ、キッドキラーとか言われてるけど真のキッドキラーは目の前の彼女だよな。絶対秒で息止められる。
「だいじょうぶ。青子はどんな恋でも味方するよ!」
怪盗の表情筋は固まり、オレの表情筋は綻んだ。ここまでずれにずれるって笑うしかない。おっもしれー。これは今はダメじゃね? 取り合えず一旦玉砕した方がよくないか。
「あ、いや、その………心の準備させて」
玉砕する準備か。そうだな、さすがにそう言った時はきついよな。
「しょうがないな。青子お姉さんもう少し待ってあげて。準備期間欲しいみたい」
笑わないようにするので精一杯だ。見上げるとしょうがないなって嘆息する青子ちゃん。
「そっか。そうだよね。青子待ってるね!」
純粋な彼女の笑顔に感情を押し殺して頷く男。すげえな、老若男女手玉に取ってきた奴をここまで転がせるって。
++++++++++++
蘭ちゃんを好きじゃないと言った。なんで? じゃあ、なんでああいう事しようとしたの? 好きだからじゃないの? 本当に好きじゃないの?
青子からばれたら嫌だから違うって言ったのかな。そうかもしれない。
快斗には幸せになってほしいよ。だから青子には嘘つかないでよ。好きな人がいるのは分かってる。だからちゃんと幸せになって。
++++++++++++
「ねえ、蘭ちゃんに告白した?」
怪盗の幼馴染はいきなりそう言った。
夜の帳もがっつり落ちきった非常階段で怪盗とその幼馴染とオレ、江戸川コナンが顔を突き合わせていた。オレは盗んだ怪盗を追いかけ、同じように宝石を狙っていた別のこそ泥たちも怪盗を追いかけ、怪盗は逃げるルートに非常階段を選んだら、何故かそこに幼馴染が座り込んでいたという寸法。オレは怪盗に追い付いたが、こそ泥どもは怪盗を見失ったらしく足音すら聞こえてこない。
「お嬢さん、何をこんな時に」
こんな時に、というよりこんな所というか? 一応警戒態勢敷いといたはずなんだけど。いくら青子ちゃんでもこの警備の中は入れるわけはない。いや、もしかして帰りそびれた?
「だって学校でこんな話出来ないじゃない」
いや、学校でした方がよくないかな? こんな周り警察だらけの中で聞かなくても。なんかもう疑問符しか出てこない。事件に彼女が絡んだら推理がうまくいかない自信がある。
「だからってこんな追われてる時に聞く事ではないと思うんですが」
困惑、といった表現がとても似合う。口調はしっかり怪盗のまま。素で話したところを別のやつらに見つかったらやばいからだろうな。
青子ちゃんは非常階段にどっしりと座り込み『答えるまで帰らない』という視線を怪盗に向けている。
「結論から言うと、してません。する内容がない」
ため息大きく一つついて、彼女を見下ろし怪盗が答える。
「どういうことなの?」
詰め寄る青子ちゃん。彼女と視線を合わせるためかしゃがみ込む。白いマントが階段に沈む。
「好きじゃないから」
「どうして好きじゃないの」
「好きになる理由がない」
「蘭ちゃんかわいいよ」
「そうだよね!」
「名探偵は黙ってろ」
青子ちゃんの台詞に思わず同意してしまったら怪盗から叱責が飛んだ。いいだろ、蘭はかわいいんだぞ。美人だし、料理も上手いし空手も強い。いくらでも好きなところが出てくる。
「誰が好きなの?」
「いい加減気付いてくれてもいいと思うんですが」
「言わないと分かんないよ」
言っても判ってなかった気がしたけど気のせいかな……いや、言えてなかったな。準備期間設けたんだった。
「じゃあ、聞く。オメーはオレが蘭ちゃんと付き合ったらいいと思ってんのか」
口調もとりつくろわず逆に質問しやがった。そうか、そうするしかねーな。青子ちゃんが何故そんなに頑なに蘭の事を気にするのかがわからない。
何かが隠れていそうな、そんな感じ。
「蘭ちゃんには工藤くんいるから付き合えないでしょ」
「それは置いといて。工藤をなんとかしたとして」
何言ってんだてめえ蘭になにする気だと近づいたら「黙ってろ」と白い手袋で遮られた。
「付き合ってもいいんだな」
「蘭ちゃんと?」
「オレが」
静寂。青子ちゃんに向けるにはとても珍しい冷たい視線。演技だとしても自分もできるかと言えば、出来るが辛い。沈黙が続いた。遠くで聞こえるサイレンの音。静寂を打ち破るのはやはりというか彼女。
「…………青子我慢する。しあわせになってほしいもん。我慢する」
ちょっとだけ青子ちゃんの目が潤んだ気がした。
「我慢する必要は欠片もねーよ。絶対付き合わないし好きでもないから」
だろうな。まあ、オレが蘭と別れるわけないからそんな事には絶対にならないけど。
「でも、そうしたら幸せになれないじゃない?」
「オレは別に彼女と幸せになる気はないから……オレが、幸せになるなら、告白しなくちゃいけないのは」
「いけないのは?」
よし、頑張れ怪盗。経過を全部このオレが見届けてやるよ。不服とか言ってんなよ。
「あお……」
あと一声。
「見つけたぞキッド―!!!」
まいたと思ったこそ泥どもがこちらを確認し駆けてくる。怒号が耳に届いたと同時にサッカーボールを出し蹴り吹き飛ばす。と、横から恐ろしい枚数のカードが奴らを非常階段に張り付けた。ただのカードじゃないし普段より多い。邪魔された恨みか。
「取り合えず逃げるぞ。あぶねーからな!」
怪盗はすばやく青子ちゃんを抱えあげた。蹴り飛ばしたはずのこそ泥どもが階段を上がってこようとしているのが見え、もう一度サッカーボールを叩き込む。丁度いい感じに警備でうろうろしている地上の警官たちのど真ん中に落ちた。よし。醜い呻き声が耳に届くがそれは知らない。
「「じゃますんな!」」
オレと怪盗の声が重なった。同じ気持ちなのはあまり嬉しくないがしょうがない。そんな中、青子ちゃんは「あ、あの青子置いていったんでいいよ」などと言い出す。何を言い出すのか。
「オレがオメーを置いていくわけねーだろ!」
勿論怪盗が許すわけがない。階段の手すりを乗り越え、宙に舞う。隣のビルの壁を足場にして奴は上に、オレは下へと。
「じゃあな、名探偵」
怪盗が何かをこちらに向かって投げる。握りこぶし大の光る石。受け取り、上着のポケットにしまう。
「ああ、またな」
まあ、少しは分かってもらえるといいな。
屋上へと翻る白い布を視界の端で確認しながら、地上に降り立ち帰宅の道筋をたどった。
「ほら、幸せになるならって」
「そーだよ、いねーと駄目だろ」
ビルの屋上から屋上へと駆けて飛んでを繰り返す。グライダーを使いたいところだが、この風量では墜落し損ねない。長距離は無理だ。今日は残念ながら地道に走って帰るしかない。
「青子置いていった方が」
「青子置いてったら幸せにならない」
「別に青子しあわせにならなくても」
どうして分かってくれないのか、と快斗の憤る気持ちが伝わる訳もなく。青子は自分を一番最初に除ける。二人組を作れ、と言われて誰かが残りそうになったら真っ先に自分が外れるようにするのだ。最初はそんな時も口を出さなかった。青子が望むようにすうればいいと。しかし途中からはこれは駄目だ、と気付く。離れていくのだ。誰かを中に置いて自分は離れる。そんなのは許さない。馬鹿にすんな。一人にさせるわけがない。
「オレが幸せになんねーの!」
「なんで?」
「なんででもいいから、いたらいいんだよ!」
不思議そうに見上げる目に反論する。青子以外の誰と一緒になれというのか。出会った時からずっとだ。彼女以外を思ったことはない。彼女以外はいない。
幾つ目になるかわからないビルを超えていく。青子の両腕はしっかりと快斗の首元に回されている。その程度は信頼してくれていると思っている。
「どこにいたらいいの?」
「オレんとこ!」
「快斗のとこ?」
「そう! オレんとこ」
見えるところから消えるなんでもってのほか。ついでに言うなら他のやつのとこになど行かせない。
「快斗のとこにいるの?」
「そう、いつでもいたらいいんだよ」
「快斗のお家は快斗のものだからそうだけど、青子のお家じゃないから」
「どうせ一緒になるからいいんだ」
「お隣だけど一緒じゃないよ」
今は一緒とは言い切れない。でもいつかは絶対。
「いいんだ」
高い建物が途切れ、広がる闇の先におおきな白い月。
「連れてくから」
一歩踏み出す。地上に降りるためだけに白い羽を広げた。
自分から離れようとするなら、誰かにかっさらわれるくらいなら、こっちから連れて行けばいい。だから、嫌いになってくれるな。そんな呟きは言葉にはならなかった。
「ほら、帰るぞ」
宵闇も深く人気のない公園に降り立ち、白い衣装を脱ぎ捨て黒羽快斗に戻る。差し出した手を不思議そうに見る青子にちょっとだけ不満を覚える。
「青子一人置いてく訳ねーだろ」
ほれ、と目の前で手をひらひらさせる。揺れる手を見た後、視線がこちらを向く。
「我慢は、しなくていい」
「そうだよ。オレの前でまで我慢すんな」
大概の願いやわがままは叶えてやれる。だから、うんといえ。
「うん……いっしょで、いい?」
「ああ」
一緒がいいから言ってんだ。もう気付け。
「青子、快斗と一緒だったらいいなって思ってる」
「じゃあ、一緒でいいじゃん」
いつものように笑う。青子のよく知ってる顔で。ずっと一緒だっただろ。これからも変わんねーんだよ。
「いいんだ」
「いいよ」
出会った時に似た寂しそうな目の色は消えて、明るい色が。
「かえろ、快斗」
「おう」
差し出した手は両手で握り返された。
++++++++++++
青子がいないと幸せにならないと快斗が言った。青子も快斗がいないと幸せじゃないなと思ってる。
一緒にいてもいいんだろうか。いいよと言って手が差し出される。
一人でいたあの時も、手を差し出してくれたのは快斗。
この手を取ってもいい? 消えたりはしない?
笑ってくれる、いつもの、よく知ってる。
両手でその手を握り返す。
一緒に帰りたい。
++++++++++++
「オレが好きなのは青子なの」
「……えっ?」
やっぱりな、やっぱりわかってなかったそうだと思った。
暗いけど柔らかい夜道を青子と二人で歩きながら伝える。いないと幸せにならないも。一緒にいたいも、オレのとこにいろも、その額面通りでしかとってないと思った。その先の感情なんて見てもない理解してもない。
「だって、あの」
「他のやつなんて好きにならねーの。青子だけなの」
「好きな子が」
「いるだろ」
「青子は……」
「そう、青子の事」
目を疑問符でいっぱいにしてどういうこと? と見つめてくる。どういう事も何も、これこそ額面通りでいいんだよ。
伝われ。伝われ。伝わったら……。
「青子ね、快斗が好き」
突然の言葉に、声が出なかった。歩みが止まる。
「キスされそうになった、とか聞いて羨ましいなって思っちゃって。青子、嫌な子だなって思って。でも快斗に幸せになってほしくて……ひゃっ!?」
額をぶつかりそうになる直前で止める。いつもの距離。
「あのな」
「うん」
「こういうのは両思いっていうんじゃねーの?」
りょうおもい……と反芻するような青子の声。そうだよ、両思いだよ。違うと言ってもそうだ。
「快斗、青子の事好きだったの?」
「そうだよ」
いま言っただろ。何聞いてたんだ。
「そうなんだ……お揃い?」
「お揃いだな」
ふにゃりと表情が緩む青子。と、何かを思い出したようにきゅっと口を結ぶ。
「じゃあなんでキスしようとしてたの?」
忘れ去っていたことを掘り起こされて言葉に詰まる。
「上手に逃げるために……ちょっと……気付くだろうと思って」
本心だ。多分あの彼女は気付く。あいつはオレじゃないと確信を持ってくると思ってた。背中に手を回した時、オレが同じようにするのはこの子じゃないとも思った。
「気付かなかったらどうするの? 快斗はねえ、いくらでもしてるかもしれないけど蘭ちゃんは……」
「口にそんなほいほいするわけねーだろ! まだ一回もしてねーわ!」
「してないの? なんで」
答えろというのか。なんて拷問だ。
「好きなやつとしかしたくねーだろーが」
「キッドなのに?」
疑問を湛えた眼差しを向けてくる。キッドを何だと思ってるんだ。
「関係ないだろ。オレはやなの」
駄々っ子みたいな返事に青子が目を丸くした。
「もういいだろ。帰るぞ」
額を離して手を思いっきり引っ張ると、慌てて足を動かしついてくる。
「明日も学校だからな」というと小さく「うん」と頷く声が聞こえた