明けもひかる

「ねえ、中森さんって工藤新一と付き合ってるでしょ?」
 大学のクラスの交流会。ふと自分の名が呼ばれたと思ったら下世話な話題で、新一は大きく息を吐いた。
 質問をした二人は同じ学部の同じクラスの女性。詰め寄られているのは中森青子。中森警部の娘さん。怪盗キッド……黒羽快斗の幼馴染。怪盗が押しに押してはれてお付き合いするようになったお相手。天下の大怪盗が一切手を出さず巧妙に隠しに隠していた相手。状況が状況でなければ絶対出会う事もなく隠されていたであろう彼女。
「え、付き合ってないよ」
「うそ~、一緒に出掛けてるの見たって子が。たくさん」
 続く言葉に思い当たる節があり尚更にまたため息をつく。工藤新一が中森青子とでかける事がないわけではない。学部とクラスが同じというのもあり、レポートの資料集めやら空き時間で一緒にお茶をしたりする。ただ、二人でわざわざ出かけるというのはしない。
「私と工藤くん付き合ってないもの。工藤くん彼女いるし」
「それが中森さんでしょ?」
 尚も詰め寄る級友。対して青子は違う違うと両手を振っている。その通りだ。全くあっていない。
 工藤新一と付き合っているのは毛利蘭で、中森青子が付き合っているのは黒羽快斗だ。
 不服ながら毛利蘭と黒羽快斗は同じクラスだった。そして新一と青子が同じクラス。入学から二年間、一般教養を主に学ぶときは四人とも同じ学部。三年目に選考によってより詳細な学部に別れていく。三年目からはお互い自分の先行した学部になるため一緒に講義を受けれるのはこの二年間だけだというのに蘭とクラスが別れた。大いに落胆したのは言うまでもない。
「どうしたの、青子ちゃん」
 ああ、これは駄目だな誤解を解かなければと意を決し新一は声をかける。
「ねっ、ほらすぐ来てくれるじゃない。付き合ってるんでしょ、二人とも!」
「青子ちゃんと? 付き合ってないよ。大体オレは」
「ううん、もう! 隠さなくていいから」
 取り付く島もない。話を聞かない女はどうしてこうも厄介なのか。誤解する理由も見当はついている。遠目で見れば中森青子と新一の彼女の毛利蘭は似ている。近くで見たら全然違う。ふんわりした印象の青子にシャープでしっかりした印象の蘭。判らない筈がない。
「隠してないよ。オレはちゃんと彼女いるから」
 またまたあ! と話を聞かない女たちは声を上げるので反論したいところだがそれも自己解釈しそうだ。同じ学部同じクラスという事は思考程度も同程度だと思ったがどうやら異なるらしい。
「……もん」
 新一の隣でうつむいている青子から感情を絞り出すような声がした。目の前の女たちはまだ気づかない。
「ちがうもん、青子は工藤くんと付き合ってないもん。絶対ないもん。好きなの快斗だもん。快斗以外となんてやだから!」
 堰を切ったように抑えていたであろう言葉が流れ込む。目の前の彼女たちの茶化す声が止まり、他の級友達が何事かとこちらを向く。
「青子ちゃん、落ち着いて」
「快斗がいいの」
「うん、分かってるよ。オレも蘭じゃないと駄目だから」
 ぽんぽんと新一が青子の肩を宥める様にするとこくんと頷く。
 よく判っている。快斗から青子への感情は桁違いに深い。新一に負けず劣らず、底なし沼以上だ。青子から快斗への感情も負けじ劣らず。
「快斗なんでいないの」
 今にも泣きそうなくらい瞳が潤んでいる。そうだなあ、オレの隣にもなんで蘭がいないんだろうと別方向に思いを馳せていると聞き覚えのある声が隣にいる彼女の名を呼んだ。
「青子?」
「かいと~!」
 扉の向こう側に彼女が恋い焦がれていた相手が姿を見せた。そしてその後ろに新一の想い人が見え、何時間ぶりかなあとか考えていると途端に責められる。
「なんで青子が泣いてんだ? おい工藤」
「新一、青子ちゃんに何したの」
「何もしてねーって! オレと青子ちゃんが付き合ってるって勘違いされて泣いてんの」
 寧ろ慰めていたというのに。非難するような恋人の眼差しに心が折れそうになる。
「「なんでそんなことに」」
 声の揃った二人の疑問に同意せざるを得なかった。

「オレの彼女はこの子。この子以外いないから間違えないで」とクラスメイト達に蘭を見せ歩こうとするのを止められ、敷いてある座布団に腰を落とす。
「なんで蘭はここに?」
「私たちのクラスの懇親会ここの隣だったみたい。いま来たところ。で、見たら新一いるし。」
 すでに隣の部屋との仕切りとなっていた襖は開けられており一体感のある部屋になっている。クラスの境界はなくお互い行き来し放題だ。
「かいと」
 涙声でたどたどしく名を呼びながら、彼女の前に座り込んだ相手のその腕を両手で掴んだ。
「はいよ、どうした」
「かいとじゃないとやなの」
「はいはい、知ってるよ」
「なんでくどうくんなの。やだ」
 その言葉に秘かに新一が打ちのめされてる。同い年ではあるが、何処か少し子供らしい純粋さを持つ青子を彼は妹のようにかわいがっていた。しょうがないわね、と蘭に手を重ねられると気分は持ち直す。単純と言えば単純。
「工藤のせいじゃないから許してやってくれ」
「やなの。快斗がいいの」
「わかってるよ」
 その表情からは窺い知れないが内心は嬉しさが突破している筈だ。隣の部屋から覗きに来た同級生たちがその様子を見てざわついている。黒羽ってあんなやつだっけ?とか。
 いや、あんな奴ですよ。中森青子という少女がいる時は、と言いふらしてやりたいが新一の隣にいる蘭が余計な事しないのよという視線を向けてくる。
「もしかして、酒飲んだ?」
「そこのグラスの飲んでたと…」
「なるほど」
 指さされたグラスには茶色の液体。中身は半分ほどに減っている。そこから漂うアルコールの独特のにおい。青子はアルコールにそれほど強くない。寧ろ弱い。外で飲むときは基本ソフトドリンクかノンアルコール。どうしてもでサワー類。断り切れず頼んでしまったであろうことが計り知れた。アルコールでも入らなければこれほどに青子が崩れることはない。納得する理由だ。

「帰りたい」
 シャツの裾を引っ張る感覚に他の級友の話を聞いていた快斗が振りかえる。そこには言葉通りの顔をした青子。 
「お家帰りたい」
「わーった。帰ろうか」
「うん、帰る」
 より強くシャツの裾を握る青子の背中に肯定の意味を込めて快斗は手を置く。幼さを感じさせながらもしっかり者の彼女だが、相手が黒羽快斗だと割合に甘えたがりになる。甘えられる相手がいることはいい事だ、と思いながら新一が隣の蘭を見ると嬉しそうに微笑ましくその様子を見つめていた。他の人の幸せが好きだよなと彼はしみじみ思う。
「先に帰るわ。青子会費払ったの? まだ?」
「オレ払っとくから連れて帰ってやれよ」
「わりい、頼む」
 快斗はぺたんと座り込んでいる青子を立たせながら、新一に言葉を返す。
「歩けるか?」
「うん、だいじょぶ」
 とはいうものの足元は危うく、快斗に支えて貰って何とか立っているという所である。歩けるとは思えない。
「歩けてねーだろ……どしたよ」
「かいとだね~」
「そうだよ」
 呆れ気味にかけた言葉に要領を得ない返事を得て、回りは苦笑するしかない。ほっとくと眠りに落ちていきそうだ。
「工藤、明日行くからその時に」
「了解。こっちはまかせとけ」
「青子ちゃん、また明日ね」
「うん、またね蘭ちゃん。ばいばい」

「オレと黒羽、似てる似てるとはよく言われたけど。はやし立てすぎ」
 快斗と新一、蘭と青子。どちらがどちちらと一緒にいた時かはわからないが見間違えたのは確かだ。
「うちのクラスでも黒羽と毛利さん付き合ってんじゃね? って話出た事あってさ。俺さ、黒羽に聞いたら付き合ってる子いるけど違うって言うから、ふーんってなってそれで終わり」
 彼女の写真とか見せてくれるかな~と思ったけどそれはなかったな、と蘭と同じクラスの男子学生が言う。詮索する雰囲気ではなく、ただ事実のみを述べる辺りは好感が持てる。どうぞどうぞと食べ物を回してきたりドリンクを頼んだり気遣いのできるやつだった。
「大学の外とか食堂であってるのは見た事あっても、授業とかで話したりとかあんまりないし」
 どっちかというとドライというか殺伐とした雰囲気あったし、と続いた言葉に蘭が気まずそうな顔をする。確かに二人は最初が最初なだけにお互いを信用するという関係ではない。信頼はしているだろうけど。
「中森さん、よく工藤くんと話してたし。帰りの話とかもしてたから…」
 先程青子をはやし立てていた女性の一人が申し訳なさそうにする。
「まあ、大概黒羽の……青子ちゃんの付き合ってるやつの話。オレが頼み事とかするから、昨日はどうだったとか知らせに来てくれる」
 途端に蘭が新一をにらみつけた。
「じゃあやっぱり新一のせいじゃない。黒羽くん巻き込まないで自分一人でやりなさいよ」
「いや、だって、あいつに頼むのが早いし間違いないから」
 経験がものを言う内容は快斗に任せるのが間違いない。期日までに確実にこなしてくれる。いや、それよりも早く仕上げてくる。その辺りは間違いない。彼女の圧に押されながらも何とか答えた。
「とても早いからじゃないの! 新一の手伝いのせいで青子ちゃんが黒羽くんといる時間減ってるの知ってる? 早いのは早く済ませて青子ちゃんとの時間作るためだからね!?」
 周りで話を聞いていた級友が何の話?とざわめく。
「蘭はオレとの時間欲しいとか…」
「新一が私との時間減っちゃうのは新一の自業自得。待ってるんだから早く終わらせなさいよね」
 ぷい、と頬を膨らませてそっぽむく彼女にわかったと返した。

++++++++++

「かいと」
「なんだよ?」
「だいすき」
 上がり框でのいきなりの告白に青子を抱える手の力が緩み、落としそうになる。
 タクシーを使い帰宅。青子の両親は予想はしていたが不在。預けて帰ることは無理だと分かったので不本意ながらも勝手に上がり込んだ。足元のおぼつかない青子を歩かせるのは危ないことこの上ない。抱えあげて部屋まで運ぼうと思い立ってすぐの言葉だった。
「あのね、ずっと好きだったの。だいすき」
 何とか抱え直し段を上がる。アルコールの力であろう続けざまの告白にどう反応するのがいいのか。素直な好意の感情の応酬にこちらの気持ちが跳ね上がる。ふにゃふにゃと笑いかけてくる青子に頬が緩むのはしょうがない。どんな感情よりも好きが先走る。
「そっか。オレも好きだよ」
「うそ」
「なんでだよ」
 速攻で否定される感情に跳ね上がった気持ちが急下降した。たまに素直に答えるとこの有様だ。
「うそだもん」
「うそじゃないって」
 頑なに否定するのを否定するが埒が明かない。
「青子はね、すきなの。だいすき……どうしたら、すきになってくれる?」
 顔を胸にうずめてくる。最後の方の声は消えそうだった。
「今でも大好きだけど」
「もっといい子になるから、好きになって」
 絞り出すような声に切なさが混じる。子供が親にねだるような。
「青子がいい子じゃなくてもオレは好きだって」
 返事はない。帰って来るのは健やかな寝息。
「言い逃げかよ、こいつ」
 

「ほら、青子。起きて着替えろよ。服がしわになるぞ」
「ん~~…むり」
 へたり、とベッドに倒れ込む。一緒に快斗の腕も巻き込んで。
「こら、手離せ」
 言ってはみたものの放しそうにない。寝ぼけているのかふにゃふにゃと言葉にならない言葉が返って来る。しょうがないな、と青子のベットに腰かける。さすがに朝までこのままとはいかないが折を見て引きあげようと決めたがそれはいつかは分からない。朝までこの状態という事もあり得る。
「快斗は快斗なのにね~……みんなね、工藤くんだ工藤くんだっていうの。違うのに。快斗だ! って思った後に工藤くんだったりして寂しくなったの」
 寝たとばかり思っていたので唐突な発言に少しばかり驚くが内容は聞き取れた。件の勘違いの話だろう。
「なんで似てるっていうのかな。似てるかもしれないけど、似てるだけで快斗は快斗なのに」
 実の所、当人たちは似てるかもしれないが区別が出来ない程似てはないと思っている。赤の他人が間違う程度の類似性。
「快斗だよね」
「そうだよ」
 よかった、と嬉しそうにする。他人のそんな評価に拗ねていたのかと思うがそれだけではないだろう。
「蘭ちゃんもね~工藤くんだ!って思った時に快斗だったりしたらふうっってなるって」
 あまりにも臨場感のあるため息に笑いが漏れた。多分それは蘭の本音だろう。何度か工藤新一に変装して彼女に接した。どれだけ精巧に変装したとしても気付かれるだろうとは思った。それだけがっかりしたとは知らなかった。
「そりゃ申し訳ない」
「お揃いだね~って」
「そうかよ」
「うん」
 えへへ~と柔らかく笑う。上機嫌だ。
「青子はね、快斗がいいの」
 楽しそうに快斗の手に青子が指を重ねてくる。しばらく手遊びのように指を絡めたり外したりしていたが、ふと動きが止まり聞いてきた。
「……ねえ、青子は、蘭ちゃんに似てた? 似てたから……快斗は、似てた……なら。代わりでもね、いいから。青子は…………青子を、好きになっ……」
 終わりの方は言葉にならず消える。
 どうしてそんな風に思ったのか。理由は何となく見当はつく。昔の話。キッドとして活動していた頃の話。だけども、青子にとってはふとした時に現れ出る引っ掛かり。
「代わりになる訳ねーだろーが」

++++++++++

「ねえ、新一。私ってそんなに青子ちゃんと似てる?」
「身長とかは同じだけど髪の長さは違うし。遠目では雰囲気似てるかもしれないけど、オレは分かる」
「よねー……」
 双子と一緒だ。一卵性だろうがなんだろうが初見はごまかせる。しかし付き合っていく内に間違うことはなくなる。片方をよく知っていれば尚更。似ているパーツはあっても別人だと分かる。
「黒羽もだろ。あいつが間違った事なんてねーだろ」
「よね!?」
 うんうんと頷く恋人に同意を示す。
「青子ちゃんだって、根っこでは間違えたことないしな。気付かなかったのは、黒羽が『自分じゃない』って見せかけたから、それ信じて違う人って思っただけ」
「実感あるわ。新一も私に同じことしてたものね」
「ぐ……」
 反論できず押し黙る。巻き込んではいけないと必死で存在を隠し続けた日。今となってしまえば早く伝えてしまえばよかったと思う。彼女はそんなに弱くない。そして自分も守りきる覚悟はあった。
「新一だ! と思ってコナンくんに近づく度『違います』って細工してたんだもの。覚えてる?」
「覚えてる、覚えてるって!」

++++++++++

「青子の代わりなんて、青子しかいねーだろ。似てようが、似てなかろうが、思い出しちまうんだよ」
 例えば誰かのちょっとした仕草でさえ。似ていても、似ていなくても思ってしまう。どうして青子じゃないのだろうかと。どれだけ考えないようにしていても、何かの拍子にそっと浮き出てくる。
「青子は、青子だから」
 華奢な肩も柔らかな髪も青子だけのもので、誰かと似ていよう筈もなく。
「オレは青子じゃないと駄目なんだ」
 囚われ過ぎかもしれない。でも別にそれでいいと思ってる。
「……ん……ぅ」
 口づける。額に、瞼に、頬に。
「……い、と……?」
 ぼんやりとこちらを見つめる。もう一度、瞼に口づける。
「好きなのは青子だからな」
 こめかみに唇を落とす。これだけの行為にどれだけ勇気がいる事か。他の人間が拒否してこようが何の感情もわかないが、青子は違う。嫌がられやしないか、嫌われやしないか。それだけで一歩が踏み出せない。
「知っとけ。ただ、好きなんだ」
「すき?」
 伝えて、伝えて、やっと理解してくれたと思っても何かの拍子にできた落とし穴に軽くはまってしまう。はまっても青子は黙っているから、気づくのに遅れると大変なことになる。
「オレは、青子以外好きになれないから」
「……どうして?」
「どうしても」
 もう一度どうして?と繰り返して青子は瞳を閉じた。

「あたまいたい……なんでかいと、うちにいるの……」
 二日酔い独特の症状を訴えながら青子がリビングに姿を現す。
「オメーが酒飲んで動かなくなったの送ってきたから」
 ため息一つついてダイニングテーブルにコップを置きオレンジジュースを注ぐ。
 結局快斗は明け方まで彼女の手を握ったままベッドに腰かけていた。空が明るくなる頃、手を握る力が弱まった隙に部屋を抜け出し自宅に戻り、一通りの用を済ませて中森家に戻ってきた。大学に行く直前に来ても問題はなかったが、やはり昨夜の事が気になった。
「昨日何したか覚えてるか?」
「クラスの子と話しててちょっとだけ烏龍ハイ飲んだのは覚えてる。で、工藤くんが話しかけてくれて……ん~……なんか寝る前にいっぱい喋った気がするんだけど。もしかして快斗とずっと喋ってた?」
「そーだよ。ずっと喋りどうしで。かと思えば寝るし」
 ごめんなさい~と恥ずかしさからか両手で顔を覆う。
「何喋ったか覚えてるか?」
「ん~? 工藤くんの話した?」
「オメー何気に工藤好きだよな」
「そりゃ嫌いじゃないよ」
 なんで? と首を傾ける。普通目の前で好きな子が他の男の話をしてご機嫌なやつは殆どいないだろう。
「別に。一時間目から講義あるんだろ。オレもあるから。さっさと飯食え」
「快斗が作ってくれたの? やったーうれしー!」
 先程からちらちらと話しながらも食べていい? どう? ダイニングテーブルに並べられていたサラダやらロールパンやらを見てそわそわしていた青子は手を叩いて喜ぶ。簡単な調理で出来るものばかりだがそれでも準備されていると嬉しいらしい。
「工藤くんはね……なんだかお兄ちゃんみたいっていうか。ちゃんとしなさいって言うか、あれ出来てないからやっといたよみたいな。でも事件来たらいなくなっちゃう。いなくなっても蘭ちゃんね、ちゃんとまってて……えらいよね」
 食べて飲み込んで話してオレンジジュースを飲んで。
「えらいね~すごいね~って言ってたら、時たますごくムカムカする時もあるからそういう時はお家にいれないんだって。そしたら一生懸命謝って来て、少しの間は事件から離れるけど、またすぐ戻っちゃうって。でも好きだからしょうがないんだよね~って。青子にはただの優しいお兄ちゃんなんだけどな」
 ぱり、と野菜を口にいれた音。
「お兄ちゃんね」
 にこにこ笑顔で信頼感満載で新一の事を話す青子。彼は頼りになるがこういう時は快斗の癇に障る。青子の信頼を勝ち取りすぎだからだ。
 新一には年季の入った彼女がいる。変装した時に何度かちょっかいを出してバレて逃げてを繰り返した。見上げてくる目の位置が青子と同じで、追いかけてくるのが青子と似ててでも異なって。彼女がいる度に早く帰って青子に会いたくてしょうがなかった。対して新一は体のサイズは違うこそすれ、大体彼女の隣にいた。普段の生活でも、事件の時でも。それを見て羨ましいというより終わらせたら早く帰りたい気持ちでいっぱいだった。帰ったら、朝になったら青子に会える。
「快斗? どうかした?」
 ひょいと青子が顔を覗き込んでくる。
「ん、ああ。昨日のオメーの世話で疲れたんだよ」
「んもー! ベッドに置きっぱなしで大丈夫だったのに」
「今度からそーしてやるよ」
 快斗はケケケ、と笑ってロールパンをほおばる。そんなに大きくないそれは一口で飲み込まれた。
「…………工藤くんと快斗は似てないよ。遠くで見てたら、間違えそうになる時もあるけど違うの。快斗は快斗なの」
 皿とフォークの無機質な音が響く。無限に続くかと思ったがそれを打ち破るように息をのんで青子が口を開く。
「青子は蘭ちゃんと」
「似てねーよ」
 もう一つロールパンを口にほおり込む快斗を息をのんで目の前の彼女が見つめる。
「あ、そう、だよね。青子は」
「他のやつは知らねーけど、オレは青子を間違えない」
 ほれ、と差し出されたロールパンを両手で受け取る。少しだけ暖かいそれは焼きたてで。青子が起きる少し前に近くの店で買ってこられたもの。
「オメー忘れてんだろ。オレの方が青子先に見つけたの。話しかけたのオレが先だし」
「ほんの数秒だけでしょ~? ほとんど変わらないじゃない」
「いつだってオレが一番先に青子を見つけるんだよ」
 時計台で初めて逢った時。快斗が青子を見つけ、声をかけた。
 時計台を取り戻したあの日。快斗が青子に気づき、声をかけた。
「オレにとって青子以上の青子はいないの。他のやつは似てると思って間違えるかもしれねーけどオレは違うから」
 誰よりも先に気付けるし、見つけられる。いつだってそうだ。誰かと間違えた事はない。青子はずっと青子だ。
「ほれ、何が嫌だったんだ。言ってみろ」
 両手で受け取ったロールパンがもう一つ増える。暖かい。
「あおこ……は、あおこだから……あおこだけど」
「そうだな、青子だよ」
 快斗のいつもと同じ声色に青子の視界がゆがむ。いつも、ずっと彼が変わった事などなく。変わったように見せかけても、全然変わってなかった。
「青子を好きになって」
「おう、毎日アップデートしてやるよ」 
「毎日快斗好きになるから」
「すごい特典つきだな」
「だって、おまけないと……」
「こういうのは役得っていうの」
 ずっと隣にいる彼の変わらない笑い方。誰でもなく彼だけのもの。
「オレが一番最初に青子を見つけるし、誰よりも一番好きでいるんだよ」
「快斗だねえ」
「おーよ」
「青子にはちょうどいいね。ぴったりだね」
「そーだろ」
 朝の光。眩しくて、でも暖かくて。このままでいれるならとそう願った。