「しまっ……!」
声を上げようとして見上げれば舟をこいでいる青子が目に入り、慌てて口元を手で押さえた。心地よい太ももの柔らかさに誘われて眠りの国に落ちたのはいつだったのか。気付けば白み始めた空。
普段なら絶対あり得ない事態に快斗は頭を抱える。
一仕事終えて帰宅しようと家路に向かえばこちらを見つめる幼馴染。いつもならこちらがベランダに降り立つまで反応することなどない。何かあったかとグライダーを閉じ、その目の前に降り立つと「おにぎり作ったから食べよ!」と満面の笑顔で迎えられた。
いっつもお腹すいたーって言ってるから作っといたの! と言われて悪い気はしない。寧ろいい気分だ。
しかしよかったのはそこまでで、それからあとが大変だった。おにぎりの具だ。鮭が入っていた。当りもあるよ、と言われそれは何だと手を出した先が当たり……つまり魚だった。他にも具はあったのになぜかピンポイントであててしまった。
魚は好ましくない。魚の形をしていなくても好ましくない。一口目で気づき、倒れそうになったため青子が『じゃあ、青子が食べるから!』と快斗が口を付けたものを取ろうとするのを何とか回避。食べきったはいいが気持ち悪さ全開となったため早々に退散するつもりが、少し休んでいったらと膝を勧められ渋々と言う体で寝転がり気付けば今である。『当りは当てないと思ってたのに……』とは青子の弁で、最後まで残って中身を当ててくるだろうと思ったらしい。
寝転がったまま青子の寝顔を見ているのもいいが、時間も時間だ。夏のような秋とはいえ明け方の冷え込みはそれなり。このままでは風邪をひく。
膝枕に名残惜しさを覚えながら快斗は体を起こし立ち上がる。少し伸びをしてから青子を抱えあげ、見下ろした。すやすやと何事もないかのように寝ている。膝の上に男一人置いてこの警戒心のなさはなんだろうな、と思わずにはいられない。季節のせいではあるがパジャマの生地が薄いせいで肌は透けそうだし、太ももは辛うじて隠れているが足の露出は多いし。考え始めれば疚しさしか出てこない思考を振り払い青子の部屋へと足を踏み入れる。ベッドに横たわらせ布団をかけ、さあ帰るかと向きを変えた所で気づく。手袋がない。モノクルはスラックスのポケットに入っている。おにぎりを食べる前に手袋は外せと言われて外した。外して、青子がひっつかんで……と視線を幼馴染にやるとその両手でしっかり掴まれている白い布。
「オメーか」
しょーがねーな、と引っ張り抜こうとするが抜けない。指を外そうとするとそのままこちらの手を握られた。
「子供かよ」
少しずつ手を避けようとするが何故か強固になっていく。まさか起きてやしないよな? と握られていない方の手を青子の頬にあててみるがむにゃむにゃと口を動かすだけだった。手袋を置いて帰っても良かったと言えば良かった。マントと違って小さい代物だ。隠そうと思えばいくらでも隠せる。
このまま青子が起きるまでこの状態で居座るか。それともまるごと自分の家に連れ帰るか。どちらにしてもいい案ではない。
「どーすっかね~……」
完全に夜が明けるまで数時間。