まあ、そんな気はしてた。してたけどマジでやるかあのじーさん。
クリスマス、お正月共に次郎吉爺さんが挑発してきて、それを相手して。
そしてバレンタイン。やっぱりあの爺さんがこれでどうだと言わんばかりにビッグジュエル突きつけてきた。受けて立つしかなく予告状を出す。いやもう何でって、何でだ。
「ね、今年ちゃんと青子がチョコあげる。食べれるよ。元気出して」
「そーいう事だけじゃなくってよー……」
学校からの帰り道。不貞腐れるオレの隣を歩く青子がそう声をかけてくる。
去年はバレンタインの事知らないでチョコたくさんもらって、お返しで大変なことになった。青子からはもらえなかった。あんなにたくさんもらったら、青子のはいらないだろうと思って家で食べちゃったと言われた。納得が行く訳もない。翌日からくれと欲しいの応酬をしたがダメと言われ。チョコの意味を知ってたら絶対他の奴から貰わなかった。ただただ、青子からのが欲しかった。ただ欲しかった。
あれから一年。付き合うようになって初めてのバレンタイン。去年みたいな事にはならない筈。ちゃんとくれると期待している。しているが。
「じゃあ、チョコいらない?」
「んなわけねーだろ」
期待を覆す疑問をこちらに投げかける。即答否定するが、不思議そうにこちらを見てくる。いるに決まってるだろ。一年待ったんだぞ。簡単にそういう事言うんじゃねーよ。
「やっぱりチョコ好きなんじゃない」
「それは、そうだけど」
いや、チョコの話ではなく。いや、チョコの話だな。物体の話ではなく、誰に貰えたのかが大切で、物は二の次。歯切れも悪くなる。
「他の子からも去年みたいに貰うでしょ? たくさん食べれるよ?」
にっこりと笑いかけられ、それはそれでいいのだが話してる内容はそうではない。
「オメーはいいのかよ」
「うん?」
小首をかしげる青子。多分言葉通りの事しか考えてない。「たくさん食べれる」と。物体としてはそうだろうが、そこに込められた意味までは頂けない。
「オレが、他の奴から貰っても」
「お返しなら一緒に買いに行くよ」
「そうじゃなくて」
「そうじゃなくて?」
「……いや、いい」
つい顔を背ける。関係は去年までと違うのに、同じ事は出来ない。
受け取らないで欲しい、とか言ってくれねーかなとか少しばかり思うけど……まあ、いわねーよな。やきもちとかそんな感情、オレに抱くわけがない。約束破ったとかだったら拗ねるだろうけど。ため息が出そうになるが、今までの事を考えたらもらえるだけ有難い話なのだ。貰えるはずなんだ。そう言い聞かせる。
隣を歩いていると思った青子はいつの間にか数歩後を歩いていて、小さくためらいがちな声が何度か発せられ、そして消えて。どうした? と振り返れば意を決したように両手を握りしめ「お仕事終わったら来てくれるんだよね?」と、聞いてきた。
ぽんと耳に入り込んだ言葉に青子の方へ跳ねるように振り返る。
「いく。ぜってー行くから!」
いっていいのか。いいんだな。まってるってことだよな。約束だと考えていいな? 自分でもがっつき過ぎたのは分かっている。
「う、うん。分かった」
一歩後ろに下がった青子見て、流石に落ち着くべきだと軽く深呼吸。帰る時には連絡するから、と伝えるとふわんと笑った。
「はい、快斗くんの分」
「いらねー」
時間は昼休み。クラスメイトの恵子からぽとんと机の上に置かれるチョコであろう物体。今年は青子以外からは受け取らない。そう決めている。いくら恵子の義理チョコでも受け取らない。
「今年は女子みんなで男子全員にあげることにしたの。ばらばらにあげたら効率悪いでしょ。だからこれは持って帰っていいチョコ。青子だってお金出してるから」
よくよく見ればクラスの女子がクラスの男子にチョコを配り歩いている。なるほど、こいつの入れ知恵か。
女子全員でお金を集めてまとめて買って、男子全員に渡すと。不公平感も減る……って事はホワイトデーは逆か。男子全員から金集めて女子全員にお返し。めんどくさくなくていいや。
「快斗くんは去年みたいに貰いに行かないの?」
「貰っても返すもんねーからな」
貰えるもんならいくらでも貰うけど、気持ちが乗っかったりすると厄介だ。最初から受け取らないに限る。何より、受け取って青子からなにも貰えないってことになるのが一番困る。一年待ってそれは大変に困る。いきなり気が変わって「あげない」などと言われたらどうしたらいいのか。リスクは少しでも減らしたい。
「なんだよ」
オレの机の横で楽しそうに含み笑いをしているクラスメイトをねめつける。
「べっつにー……さっきから断ってるのそういう事か~って思って」
「よく見てんじゃねーか」
「ふっふーん……で、本命からは?」
青子は次の授業の教材の準備係だ。いないからこそ軽く聞いてくる。
「…………まだ」
「帰ってからかな~いつかな~?」
「オメーな……」
楽しそうだな、こいつ。去年から今年までのいきさつ知ってるから下手な事言うと藪蛇になる。
「準備はしてたよ。あとは快斗くんの行動次第じゃない?」
「情報あんがとよ」
「どーいたしまして」
十四日は半分終わったばかり。残りあと半分。
「今日はお急ぎじゃねーか」
今日のジュエルもパンドラじゃなかった。対峙する名探偵にそっとそれを投げ返せば、こちらの浮つき具合を見透かしたようにサッカーボールが飛んできた。なんでそうサッカーボールに頼るんだ。あたったらあぶねーだろ。
それをよけて、月を背にビルの屋上のフェンスに降り立つ。いつまでも相手にしてられない。こっちはチョコが貰えるはずなんだけどそうじゃない可能性もあってひやひやしてんだぞ。オメーみたいにちゃんと貰える保証はないんだ。機嫌損ねたら一発アウトだ。
「早く帰って愛しい人からの贈り物を頂きたいのでね」
超本音を口にしながら倒れるようにビルから落ちた。名探偵の叫びが聞こえたけどかまってる余裕はない。帰るコールをして、チョコをもらいに行くんだよオレは。
『早く帰って愛しい人からの贈り物を頂きたいのでね』
そのセリフだけ報道のカメラに上手に拾われていたらしく、青子の部屋のベランダに寒空の下たどり着いたら大層ご立腹だった。視線の端にかすめてはいた何も撮れてない筈だと思ったんだけど腕いいな。
「ばっかじゃないの? なに個人情報ばら撒いてんのバ快斗!」
「大丈夫だって。ほら、リップサービスリップサービス」
多分ホントだと誰も思ってない。怪盗のお決まりの台詞だと思ってるよ。そう思ってないのは名探偵位のもんだ。あいつは同類だから。
いや、青子の奴オレが言った言葉の意味ちゃんと理解してるな? え、それは嬉しいかもしれない。
ぷんすこと怒りながらも青子はブランケットを差し出してくる。白い衣装を脱いでしまうと流石に冷える。マントはいい感じに防寒具になってるからな。
有難く受け取って、敷かれたレジャーマットの上に座る。部屋に入ればいいのに、と言われても入るわけにはいかない。自分の中での線引きはここだ。オレはそうでも青子は入ってればいいのに、一緒にベランダに座る。青子だよなあ。思わず頬も緩む。
「はい、先に飲んじゃって」
差し出された暖かい甘いにおいの茶色い飲み物。ホットチョコレート。
「で、これ」
チョコレートケーキが一ピース。甘いものに甘いもの。珍しい組み合わせだな。
「んで、次はこれ」
チョコトリュフが差し出される。次はこれ、次はこれとガトーショコラ、チョコプリン、ブラウニー、チョコチップマフィンそして生チョコが差し出され、出されるまま一口ずつ口の中に突っ込んで最後にチョコアイス。計九品。見事にチョコだらけ。
「どれがいいのかなって思って、色々作ってみたけど分からなくなったから。もう全部あげる。会った時からだって思ったら、一年一個でちょうどいいでしょ?」
八年分。いや、九個あったな。新しい年の分も入ってるのか。全部作ってくれた? オレ用に? え、まじか。貰えるのは一個だけだと思ってた。こんなに貰っていいのか。チョコアイスの冷たさが火照った体に心地いい。
「……い、いらないなら青子が食べるから置いといて。だいじょうぶだから、ほら」
「いや。食う。持って帰る」
状況に浸ってたら回収されそうになった。思わぬ伏兵だ。まだ一口ずつしか食ってねーのに。
「あ、あのね」
「いや、食うから。アイス溶けるから先にくわせろ」
アイス以外を手早くまとめ持ち帰れるようにする。折角もらったのに奪われるなんてまっぴらだ。このアイスも作ったのか……手間暇かけすぎだろと心に染み入る。マジで全部貰っていいんだよな、貰うぞ。一気に食べようと思えば食べれるが、小分けにしたい気もあり。しかし保存に向かないものもある。頭の中で食していく段取りを思案する。
「ね、なんで他の子からチョコ貰わなかったの? 貰ったらいいじゃない? たくさんおいしいチョコ食べれるよ」
「オメーはオレが貰ってもいいのかよ」
思わず不機嫌が声に出た。貰ったアイスを口に入れ、なんとか気持ちを落ち着かす。青子の真意が掴めない。去年は貰ったから怒ってたんじゃねーのか。
えっと、とか、その、と逡巡する声が耳に届く。怒ってると思ってるのか。怒ってるはないけど……いや、怒ってるのかもしれない。
「だって、快斗の事好きで用意してくれたんでしょ? だったら、それは……」
かもしれない。だけどそれがなんだってんだ。オレは、
「オレは青子が欲しいの」
「え?」
「あ?」
間違えた、と気付いたのは青子がこちらを大きく目を開けてみた時。助詞がひとつすっとんだ。失敗した。
青子の顔色が……顔と言わず首や耳まで真っ赤になって。間違いだ、いや言うほど間違いじゃねーななどとなぜか冷え行く頭に満たして行っていると
「ばかいと! プレゼントはね、誕生日とクリスマスだけなの!」
夜の住宅街に青子の声が響いた。
「年二回かよ」
しーっと人差し指を青子の口元にあてると、我に返ったのかこくこくと頷く。
「そーよ、年二回よ! だ、だから、また今度」
内緒話の距離で告げられる。えーと、二回。二回ね。いやでもそれは……していいって事か? なんかこう色々と欲望やらなにやらが自分の中で渦巻く。多分こいつに他意はない。無駄に問うて貰ったこれが巻き上げられるのは敵わないので口をつぐむ。それ位は学んだ。
「ほんとはね、青子のだけ貰ってくれたらいいなって思ってたけど。せっかく、勇気出して、準備したのに受け取ってももらえないのは」
「返しも出来ない気持ち貰っても困るんだ。去年とは違うんだからよ」
どれだけ準備されようが、それはこちらも同じだ。貰うためにどれだけ細心の注意を払ったか。どれだけ頑張った所で貰える自信もなかった。今の今までひやひやしてた。
「オレは、青子のが欲しかったの。去年からずっと」
「去年から?」
「そーだよ」
行事の意味を知った時からずっと貰いたくて仕方なかった。他の奴に渡したらどうしようとか、それが例え警部でももやもやしてたとか知らねーだろ。
「そんな前から待ちすぎでしょ」
くすくすと笑う声が心地いい。いいんだよ、待つのは得意なんだ。オメーに関してだけ。
「でもね、青子もちょっとだけ頑張ってたから。去年、渡さなかったから……その時から、ちょっとだけ」
小さくなる語尾と一緒に俯いていく顔を両手で挟み無理矢理上げさせる。
「ちょっとじゃねーじゃん。たくさんだろ。まかせろよ。一か月後はオレもたくさん返してやるから」
な、と笑うと青子の表情が少し和らぐ。他の奴には渡すものも返すものもねーけど、青子にだけは沢山あるからな。
「うん、待ってるね」
青子の冷えた手がオレの手に重なる。待ってろ、いらねーって言っても渡してやるから。