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「おかえりなさい……大丈夫? 道すごく混んでたみたいだけど」
「おう、めちゃくちゃに混んでた」
何が面白くて新年早々あの爺さんとやり合わなくちゃいけないんだ。
付き合い始めて初めての年越し。一緒に元旦初日の出初詣に行きたいというのを青子はだめと言い放った。
「あのおじいちゃんとの約束があるんでしょ?」
そんな約束捨ててやりたい。大体約束ではない。呼びつけられただけだ。元旦の夜に。
サファイアとはまた違う蒼、サンタマリアカラーのアクアマリン。案の定パンドラでなくて。
元旦の夜。かなりの人ごみ。地上からの逃走は無理。空からしかない。普段なら警察が……というか中森警部が一般人は入らないように怪我人は出ないように他の犯罪が起きないようにそっちもがっつり警備してくれてる。中途半端な犯罪など起きない。寧ろ別のごたごたを合わせて片付けて。片付かないのはキッドだけ。それ以外は全て綺麗に検挙してくる。敵わない。
クリスマスの人出でもそれはしっかり機能した。しかし元旦は簡単にはいかなかった。大部分の人は仕事などもなく休みだ。結論。野次馬が多すぎた。しかもドローンとかも警備かいくぐって飛んできた。いつもなら警部がその辺りは対処してくれてる。あんな捜査の邪魔になる数初めて見た。最終的に全部処理したのは流石だと思う。
「はい、甘酒。ちょっとあついかも……ふーふーしよっか」
「……おう」
相変わらずのベランダにレジャーマット。プラスチックのカップに注がれた甘酒。白い湯気が見える。さすがに夜は寒い。いや、昼間も寒かった。
「ちょっとは飲みやすくなったかな。はい、どうぞ」
紙コップに入った甘酒が差し出される。少しだけ手が重なる。青子の手も冷たい。
「明日もお雑煮とおせちね。おもちいくついる? ふたつ? みっつ?」
「みっつ」
「出来たら呼びに行くね」
「ん」
ずずずと甘酒をすする。早くも正月一日目が終わる。青子と何もしていないのに。したのは次郎吉爺さんの相手だけだ。幸先よくない。
「どうする? 明日は初詣行く? それとも寝正月する?」
「いや、行く」
恐る恐ると言った風に問うてくる青子に即答した。返答に目を丸くしているが、行かないとでも思ったのか。そんなわけはない。今日はいけなかった。明日は行く。絶対行く。
「そうだね、屋台出てるかもしれないもんね」
屋台を楽しみにする青子を見るのが楽しい、と言ったらばかにしないでよね! と頬を膨らませるのが目に見えている。約束ね、と笑う青子におう、と短く答えを返した。
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「お母さんはおもち二つでいい? 快斗はみっつでー」
いいわよ、という母 碧子の声に青子は水に沈めてある餅を取り出す。母と青子は二つ、快斗は三つ。父銀三はまだ帰ってきていないから帰ってきてから。
餅を入れる前のすまし汁は出来上がっている。あとは人が揃って餅を入れて温めて……それだけである。
「快斗呼びに行ってくるね。さすがに起きてると思うから」
リビングの扉をあけ隣家へと向かう。
正月二日目。時間は昼になろうかという頃。寒さはあるが日差しは暖かい。昨日は大変だった幼馴染だが流石にそろそろ起きているだろう。雑煮とおせちを食べて元旦に行けなかった初詣に行くのだ。ちゃんとおじいちゃんとの約束を守ってと言ったものの、折角のお出かけ日和だったのになと思わなかったわけではない。初日の出見ておいでと両親からお許しも出ていた。
でも、お仕事なのだ。今度こそ彼の求めていたものかもしれない。だったら行くしかない。初日の出はまた来年だっていい。快斗さえいてくれるなら、いつだって行ける。正直、青子だって文句は言いたかった。でも同じように彼も拗ねていたから。自分と同じ気持ちなんだ、お揃いだなと思ったらそれだけで色んなことが帳消しになった。
あの時青子の頬がちょっとだけ頬が緩んだのを彼は気付いてない筈だ。
「かいとーお昼だよーかいとー」
インターホンを鳴らしたものの出てくる気配はない。しょうがないなと預かっていた鍵を使って黒羽家の扉を開ける。
「まだ寝てるのかな」
一応日付が変わる前には帰った。ちゃんと起きるみたいなことは言っていたが、一仕事した後だ。ぐっすり寝ている気もする。ううん、風邪とかひいちゃった? ブランケットだけじゃ寒かった? などと青子は考えを巡らせる。慣れ親しんだ廊下を歩き彼の部屋へ。玄関からならリビングに行くより部屋の方が近い。
「お邪魔しまーす。かいとー起きてるー?」
ノックをし、ドアの隙間から部屋の中を覗けばベッドの主になっている幼馴染が見えた。
少し考えて、足を踏み入れる。
部屋には入るなと何度もきつく言われている。怪盗のお仕事の何かがあるのかと思っていたが、そうではないらしく。だったら何だというのか。一度父にぶつくさと文句を言っていたら『快斗くんも男の子だからね、遠慮しなさい』と諭された。今更何の遠慮があると言うのか。快斗は快斗で余程でないと青子の部屋には入らない。気にする仲ではないと青子は思う。付き合っているのに尚更だ。
ベッドの傍まで寄っても、余程疲れていたのか目を覚まさない。授業中もずっと寝ているほどだ。さすがにこの時間程度では疲労回復には至らないのかもしれない。
「かーいとー……一旦起きてご飯食べよ。食べたらまた寝ていいから。かいとー」
声をかけてみるが起きる素振りはない。すとんとベッドに腰かけ、彼の額の髪をかき上げる。固そうに見えて柔らかい癖っ毛。なんだか嬉しい。
「お爺さんとの約束、お疲れ様」
この調子だと今日初詣は無理かな、明日でもいいよね。明日もまだお正月だし、と青子は思案する。
「はやく、みつかるといいね」
何を探しているのかは知らない。でも見つかったら終わるのだと話してくれた。終わったら、もう少し楽に学校いけるのかな。快斗がもう少し緊張せずに生きていけるようになるならそちらがいいなと思わずにはいられなかった。
「こんな所で寝ると風邪ひくぞ」
仕事の書類をまとめて帰宅すれば、リビングのテーブルで転寝している妻の姿。
「あら、銀ちゃんお帰りなさい……もうこんな時間」
時計の針は二時過ぎを指していた。窓ガラスを通してはいる光は暖かく、転寝する気分も判らないではない。
リビングには碧子一人。娘の青子の姿は見当たらない。
「青子はどうしたんだ? 初詣か?」
「ううん、お昼だからって快斗くん呼びに行って……いないわね。まだ快斗くんとこかしら。帰ってきてもないみたいだし」
「ちょっと見に行ってこよう」
呼びに行ったにしては時間がかかりすぎる。昼頃に行ったのなら二時間は経っている。何かあったのかもしれない。急いた心で銀三は今来た玄関へと向かう。
隣家のインターホンを鳴らす。出てこない。人の動く気配もない。預かっていた鍵は青子が持っていたので手元にない。ノブに手をかけるといとも簡単に扉が開いた。
「不用心だな」
中を覗くと青子の靴がある。快斗のいつもはいてる靴も。他の履物はない。だがまだ緊張は解けない。
靴を脱ぎ家の中に入り込む。まずは一番いそうなリビング。いない。その次は快斗の部屋。
「快斗くん、青子―」
ノックする。返事はない。警戒しつつ少し扉を開けると人の気配。だが動いている感じはない。のぞき込むとベッドで眠る快斗と、覆いかぶさるようにして転寝をしている青子がいた。
「まったく……心配させて」
呼びに来てなかなか起きない彼を待っているうちに寝てしまったという所か。普段なら学校の始業時間もあるから無理矢理起こすのだろうけど、今日は冬休み。たまの惰眠をむさぼっても問題はない。
だが流石にもう昼も過ぎている。一度は起きた方がいいだろう。
起こそうと近寄ると、快斗が身じろぎし薄く目を開けた。そして、銀三を確認するとはっきり目を開け飛び起きた。
「警部!?」
「やあ、おはよう。昼も過ぎたよ。昨日は遊び過ぎたかね」
普段ここにいない筈の隣家の世帯主を視認しておたおたとする快斗が少し微笑ましい。
「あ、ちょっと夜更かしを……げえ、青子。なんでここで寝てんだよ。部屋入るなって言ってんのに」
「雑煮が出来るから呼びに来てそのまま寝たらしいな。少し遅くなったけどお昼にしよう」
「はい。おーい、青子。起きろ。飯だってよ」
おきろーと何度も声をかけられ、やっと青子が目を覚ます。目をこすりながら体を起こしていく。起きたか、と二人に声をかけられるがまだ寝ぼけ眼で。目の前にいる快斗だけを確認すると
「ん~~……うん? あ、おはよ、快斗起きた~? おぞうに~……」
そういいながら彼の首元に腕を回しもたれかかって行った。焦ったのは快斗で、あたふたと青子を引き離そうとするが、うとうととしながらもその腕は離れなかった。
「まて、おい。あのすみません、青子、起きろって」
付き合い始めたと聞いたのはいつだったか。その時はまだ幼い娘に付き合わされる彼は大変だろうなと思った。改めての状態を見て、やはり大変だなと銀三は思わずにはいられなかった。
「わしは先に戻っているから、二人はあとで来なさい」
そう言葉を残して銀三は玄関へ向かう。
あの状態の娘をどうやって連れてくるのか楽しみだと思いながら。