約束を待ってる~ある夜の話・5~ 

 普段ならなんだかんだで帰宅も一緒なんだけど、快斗は先生に用事を頼まれてしまい、待っていると遅くなるから先に帰れと言われたので今日は別々。丁度いい。そろそろ発売の期間限定のお菓子求めて学校帰りコンビニに。
 コーナーでたくさん並んでいるのを見つけ手に取る。任務完了。レジに行く途中、雑誌コーナーをすり抜ける。目に入った良く見知った文字列。『怪盗キッド』。相変わらず世間様をお騒がせさせて、困ったものだなとなんとなしに手に取り、タイトルを見る。
『怪盗キッド 深夜の密会!? 熱烈交際!?』
 キッドに……快斗に彼女。胸がざわついた。聞いたことはない、けどいてもおかしくない。お仕事の後に青子のとこ来ること多いけど。その前に会おうと思えば会えるはず。長居してたらバレちゃうもんね。こう、さっと会うだけ会って帰っちゃうのかな。そんなの、さみしくないかな。
 考えながら握りしめてたら雑誌に跡がついてしまった。いけない。慌ててお菓子と一緒にレジに持っていく。補助カバンに無造作に押し込みコンビニを後にした。
 
 
 予習を終わらせ、リビングのソファに座り買ってきた週刊誌を開く。
「宝石を返した後、必ず寄る場所がある」「彼女は彼が帰って来るのを待っている」「食事を作って待っている」「おいしいと言って食べてくれる」「食事の後、少しする談笑が憩いのひと時」
 なんだ、お夜食作ってくれる人いるんじゃない。こんなにバレちゃって大丈夫なの、快斗。ううん、この彼女さんもこんなにしゃべって大丈夫なの? 快斗が捕まっちゃったらどうするの。ちょっとむかむかする。もうちょっと考えてよ。

 あの姿の時は話しかけてはいけない。名前も呼んじゃダメ。何度かそのまま名前呼んでしまって後から焦った。関りがあるように見せてはいけない。仕事の邪魔になる。組織に感づかれてはいけない。いつだって、一番外側で見ているだけ。関わってはいけない。関わらせてはもらえない。ないない尽くし。

「幼馴染じゃなかったらよかったのかなあ」
 このインタビューに答えてる人みたいに、もとは全く知らない赤の他人だったら? そうしたら別の何かになれたかもしれない。でも逆に知り合えなかったかもしれない。それはいやだ。
『食事を作って待っている』『おいしいと言って食べてくれる』
 青子のご飯はおいしいとか言ってくれたことないし。そうだよ。何も言ってくれない。何も。キッドだってことも。青子がニアミスで見つけなかったらきっとずっと何も言ってくれなかった。
「青子は、快斗のなんだろう」
 呟いてはみたけど幼馴染っていう答え以外見つからない。幼馴染って何。ぽたり、と手にしずくが落ちる。
「あれ? なにこれ」
 落ち始めた雫が止まらない。どうすればいいのかわからない。こんな時はいつも快斗が一緒だった。だけど、もういてもらえない。一緒にいたかったのに。邪魔しちゃいけない。
 拭っても拭っても溢れる理由がわからなかった。
 
 
 
「ねえ、快斗」
「なんだよ」
 ぱらららとトランプのカードの軽やかな音がする。青子がお食事作ってる時、快斗はリビングのソファやダイニングの椅子でカード弄ってる。いつもの風景。子供の頃は千影さんがお料理してる時、青子にテーブルマジック見せてくれてた。「すごいね!」とそれしか言葉がなくていつもその言葉。でも快斗は「そうだろ!」って笑ってくれるからいつも繰り返し同じ言葉で伝えてた。
 いつもと違う事いうのは緊張する。答えも予想はついてる。青子の答えも決まってる。大丈夫。人参切ってた包丁おいて、呼吸一つして告げる。
「彼女出来たの?」
「はあ!?」
 ばらばらとカードがダイニングテーブルに舞う。ひらひらして綺麗。
「だってこれ」
 買ってきた雑誌の件のページを開けてぐっと押し付けた。訝し気に開けてあるページの文章を目で追ってる。目の動きが早い。読み終わったみたい。ため息ついて頬杖つく。
「全部嘘だから」
「だって」
「これは全部嘘。間違いなく創作。誰とも付き合ってない」
「でも、これ」
 記事を指さす。
「あ……」
 あ、やっぱり。しまった、みたいな顔して。青子がさしたところの文章。
『彼女が夕飯作って待ってる』
 こう言ったのを聞いてたのはどこかの誰かじゃなくてちゃんとお名前も出ている小さな探偵さん。この子は嘘をつきそうには見えない。彼女がいるのは本当なんだね。彼女の証言は全部作られたものかもしれないけど。
「こうやって、青子と一緒にいるけどダメなんじゃない? ……あの、ね。彼女さんのとこ……でお食事したいとか、お出かけするなら言って。青子、大丈夫だから」
「そうか」
「うん」
 つっかかりながらもなんとか言葉にする。気を使って青子のとこ来てくれてたんじゃないかな。青子一人の事が多いから不用心とか言ってたし。でももう子供じゃない。だったら、もういいよって言わなくちゃ。言えば、気兼ねなく好きなとこいける。
「だったらここで食べる。今日何?」
「ん? だから彼女さんの所で……」
「だからここで食う」
 何故かふてくされてダイニングの椅子に座り直して、散らばったカード集めてる。飯食うんだから片付けとかないと駄目だろとか言って。なんで? 彼女いるんじゃなかったの? いるんだよね?
「ふられたの?」
「告白してもないのに振られるわけねーだろ」
 集め終わったカードを綺麗に並べてケースに仕舞う。テーブル拭いとくぞ、とか言いながら立ち上がって台拭きとりに行く。彼女なのに告白してないの? どうして?
「だったら告白しに行けばいいと思う」
 テーブル拭いてた快斗の手が止まる。
「してもいいのかよ」
「した方がいいんじゃないかなって」
 さっさと告白して『彼女いる』って言いに来てよ。そしたらたくさん泣けるから。泣けたら、きっとわかるから。泣いた理由がわかるから。
 ちょっとだけ息吐き出して、青子の方見る。大丈夫、ちゃんとわかってる。
「ちゃんと聞いとけよ。青子が好きだ」
 空気がぴんと音を立てた気がした。何を言われたのかもわからなかった。
「練習?」
「なんでそうなる」
「本人に言った方がいいんじゃ」
「だから本人だろ」
「誰が」
「青子」
「なんで?」
 なんで? 彼女はどこ行ったの? いるんでしょ? 誰か教えてとかは言わないけど、こんな時に嘘はつかないでいいのに。じんわり、視界が緩む。
「なんで……青子は……?」
「理由はわかんねーよ。ずっとそうだから」
 分かんないって、何が? ずっとって何が? 青子がなに?
「好きなとこは分かるけど、なんで好きかはわからない」
 誰の? 何が? どうして? わからない。快斗が見れない。
「青子もわかんない」
「なにがわかんねーんだよ」
「快斗の事、わかんない。青子もわかんない」
「オレはオレだって。青子も青子だろ。青子もそう言ってたろ」
 そうだと思ってた。快斗は何があっても快斗だって。ずっと快斗だって。青子だって。でも。
「だって、快斗…どこかいっちゃわない?」
 いつか離れていく。幼馴染だから。隣にはいられない。彼女じゃないから。
「いかねーって」
「だって、いなくなっちゃう」
「いなくならねーって。なんだったら連れてくから」
 差し出された快斗の手に、青子の目からぽたんと透明な雫が落ちた。一つ落ちたら、もう一つ、また一つ落ちる。
「連れてってくれる……?」
「オメーが嫌なら連れてかねーけど」
「ううん、行く……一緒なら、行く」
 連れて行ってくれる。待たなくていい。一緒にいれる。
「一緒がいい」 
 
 
「あのな、そろそろ手を離せ」
「や。いなくなっちゃう」
「いなくならねーっての。言っただろ」
 差し出された手を青子はぎゅっと両手で握ったまま、立ち尽くしてたらそう言われた。
「でも、彼女……」
「いないから。だからな、言っただろ。敢えて言うなら、青子が彼女に……なるだろ……」
 手を握り返されて、少し暖かくなる。
「青子……彼女になるの?」
「そうだよ。嫌なのかよ」
「嫌じゃない、よ……良かった、かな」
「そうかよ」
「うん」
 もう雫は落ちなくて、その代わりちゃんと笑えた。一緒にいれる。
「そうだ、ご飯作るね! 途中だったし」
 大丈夫、青子は夕飯作って待ってるからね。