白にはかなわない~ある夜の話・4~

「この手袋、青子に頂戴」
 結局、青子が目覚めるまでその部屋に居座っていた快斗にその部屋の主はそう言う。白い怪盗として活動する時の一部を握りしめて。
「何に使うんだよ」
「手袋だもん。手にはめるの」
 怪盗の証拠品だとか何かの拍子で警部が見たらどうするとか、どう考えようとも幼馴染の意志は強固で引く事もなく。根負けした快斗は白いそれを譲り渡した。
 
 
 
 寒空の下ベランダに座り込んで暖かいコンソメスープを飲んでいる青子の手に白い手袋。指先が少し余っている。先日快斗が譲り渡したもの。周りを確認しつつ、するりと青子の部屋のベランダに滑り込む。
「それ、寒くないか?」
 手袋ではあるが防寒具として作られたものではないため、寒さをしっかり凌げるかと言えばそうではない。
「ううん、充分あったかいよ。はい、どうぞ」
「サンキュ」
 自身の手袋を外し上着のポケットに突っ込み、差し出されたカップを受け取る。中身は青子も飲んでたコンソメスープ。冷えた体を温めるのに丁度いい。今日のおにぎりは昆布と味噌焼きだよ~と青子が下半分だけラップに包んだそれを両方いっぺんに差し出すから、片手で受け取り一つはそのまま口に入れた。
 季節は秋を過ぎ、冬に近い。ついこの間までは夏のような秋だったが、今は確実に冬に近い秋だ。にもかかわらず青子の装いはこの間と変わらない。薄い生地が気になってしょうがない。
「なあ、そのパジャマ薄くね? もう寒いだろ」
 カーディガンを羽織ってはいるものの、寒さを凌ぐには少し厳しいだろう。それ以前に夜に幼馴染とは言え男に会うのにパジャマとはいかがなものか。
「ん~、ちょっと、そうかも。でもちょっと気に入ってるから」
「気にいっててもちゃんと季節に合わせろよ……風邪ひくだろ」
 青子はパジャマの上の裾をキュッと握り、少し考えて「ん、そうする」と頷く。待たないという返事はなかった事に安堵する。一番言わなくてはいけないのは『待たなくていい』だったのに、言えない自分に呆れるばかりで。快斗もちゃんと暖かくしなさいよね、のお小言すら嬉しくなるのは割と重症だなと思わずにはいられなかった。
 
 
 
 冷え込みが厳しくなるこ時期に薄手のパジャマ。お気に入りとか言ってたけど何処のショップのものなのか。次のターゲットの情報の用紙を見つつ、なんとなくでタブレットで検索かけてみて、見つけた。青子の着ていたものと同じもの。概念コーデにカテゴライズされていた。
「概念コーデねえ……」
 いくつも出てくる概念コーデ。イメージや世界観、色とかモチーフを落とし込んだもの。何か好きな作品とかあっただろうか。画像をクリックしてその販売ページに辿り着く。SOLD OUTの文字。人気なんだな、どれどれと商品説明を読む。
『怪盗キッドをイメージしたナイトウェアコレクション』
「…………はあ!?」
 思わず声が出た。
『パジャマ本体のカラーはスーツをモチーフに。リボンは……』
 長々と続く説明と文言にくらくらする。たかだか色の説明によくもまあこんな修飾語が出てくるものだ。文章が咀嚼できず横滑りしていく。そしてだらだらと続く文の終わりに目を疑った。
『抱かれた気分になりませんか?』
 理解するのに数秒要した。抱かれたってなんだ。誰も抱いた事ありませんけど? 勝手なイメージ押し付けんな。いや、これ青子お気に入りだとか言ってなかったか? 色か? 形か? きっとそうだよな。でもなんでわざわざキッドの選んだんだ。あいつ、キッドは好きじゃないだろう。好きじゃない筈だ。じゃあ、何故? 実は好きだったとか? いや、ないな! こんなの出してもらっちゃって~とか揶揄うようだろ、きっと。多分。
 と堂々巡りする思考と浮き沈みする感情が色々追いつかない。
「あー……もうどういう事だよ」
 他の商品もスクロールしながら確認する。どれもこれも白を基調にしたものばかりだ。スーツの色がそれだから当たり前と言えば当たり前だが。どこぞのデパートもだが、勝手に人をモチーフに何かを作ってくれるなといいたい。著作権だか版権料だか知らないが請求してやろうか、と思うのは無理もないだろう。
 見ていけば季節ごとに商品が出ていることに気づく。
「……この辺りなら、なんとか」
 春夏秋冬。こんなにあるのかと思いながら、タブレットのスクロールとタップを繰り返した。商品説明は敢えて目に入れずに。
 
 
 
「なあ、そのパジャマ。キッドの概念コーデってなってたけど。オメーキッドは嫌いじゃなかったのかよ」
 宵闇。青子の部屋のベランダへするりと降り立ち、そこに敷かれたお馴染みのレジャーマットに腰を落とす。ここ最近は座布団もついてくる。ちょっとしたピクニックというかなんというか。
「すきじゃない、よ。でもこれはちょっと、色とか青子の好みだったから」
「そーかよ」
「うん」
「好きは好きでいーけど」
 不意に過る商品説明の一文。抱かれたかったのかよ、という言葉はなんとか飲み込み、差し出された暖かい飲み物を受け取る。ココアだ。
「だって、ほら、お揃いっぽいかなって」
 ひょいとパジャマの上着の裾をこちらのジャケットの袖に寄せる。青と白。キッドのジャケットとシャツの色。胸元のリボンはピンク色……ネクタイと同じ。ありがちなカラーと言えばそれまでだが、一度そう見てしまうとそれにしか見れない。
「まあ、そりゃ、色は……あってる」
「ほら。快斗とお揃い」
 ふわん、と微笑む幼馴染に一瞬心を持っていかれる。
「オレっていうかキッド……」
「あのね! この色がいいなって思っただけだから! だから」
「わーった! わーってるって!」
 お揃いがよかったのか色が好きだったのかどっちなのか。青子の一言ごとに情緒は右往左往するが、表面は平静を装う……装えてる筈だ。
「前も言ったけど季節に合わせろよ。さみーだろ」
「上、着てるから……別にそんなに」
「見てるこっちが寒くなる。ほれ」
 ぽん! と軽やかな音と共に現れたのは青く縁取りされた白いブランケット。そのまま青子を覆うようにぽすんと落ちた。
「同じシリーズ。ちょうどいいだろ。やる」
 白いふわふわした厚手の布地。暖を取るにはちょうどいい。幼馴染はそれを確かめるように両手で撫でた後、快斗を見て言う。
「もらえないよ。そんな。誕生日でもないのに」
「いいの。夜食のお返し」
 お返し……とぽつり呟き、改めてこちらを見つめてくる。いいんだよ、と視線を外すと楽しそうにブランケットにくるまってありがとうと言葉が落ちた。突き返してくる可能性も無きにしも非ずだったが、受け取ってくれて、楽しそうでほっとする。
「快斗は嫌だった?」
「何が」
「青子が、キッドの着てて」
 ぱたぱたとブランケットの中の手が揺れる。雛のような仕草に頬が緩む。
「別に嫌じゃねーよ。どうしたって思っただけ。『キッドに抱きしめられた気分になって』なんてのよく着たなって。そんなのオレが抱いたらいいだけじゃん」
 反射的に口にして気付く。失敗した。気にしすぎていた。いや、気にするだろうあの説明文は。気にしていても口に出さなければよかっただけだったが……うかつとしか言いようがない。
「…………ばかいと」
 静かに責める口調の青子。だろうな、言うと思ったよと肩を落とす。
「何人の子、抱きに行くつもりなのよ」
「いかねーよ! なんでそうなるんだよ」
 がくりと心の中で落胆する。いま話してるのは青子なのに何故不特定多数のどこかの誰かの話になってるんだ。
「え? 着てる子のとこに行ったりとか」
「なんでいかなきゃなんねーんだ」
「ほら、抱いたらいいって」
「しねーよ! なんでわざわざ。来てるの青子のとこだけだろ」
「青子のとこには来てくれるんだ」
 意味が通じているのかいないのか。いや、通じていないであろう青子がほわ~と目を丸くした。
「……行くに決まってんだろ」
「どうして?」
「どうしてって……別にいいだろ」
 真っ直ぐな疑問に耐えきれず快斗は視線を逸らす。どうせ言ったところで疑問で返されるのは目に見えている。こちらの気持ちなど今はまだ理解してくれない。
「夜食だったらどこでも食べれると思うけど」
「飯じゃなくって」
 食事のためだけにこの家に来てる訳ではない。
 本当はここにいてはいけないのは分かってる。どこかで誰かに存在を知られたら青子に被害が及ぶ。既にその片鱗はあった。分かっているのに、待ってるかもと思ったら期待してしまう。そして、いたらほっとして。自宅に帰ってから、帰宅したと電話やメールをすればいいだけなのが出来ないのは自分の意志の弱さだ。
「これ、あったかい」
「そーかよ」
「うん」
 ブランケットの中で何を確かめているのか、もこもこ動いて止まってを繰り返して。そうして快斗の手に何かが押し付けられた。
「はい、これ。まだたくさんあるから飲んで。寒いでしょ。青子、いまお返しできるもの無いから」
 押し付けられたもう一つのスープジャー。中には暖かいコンソメスープ。お返しが欲しくて渡したものではないが、それを良しとしない幼馴染の真面目さがいじらしい。
「サンキュ。帰って飲む」
 こん、というジャーの側面を叩く小気味よい音と共にそれは形を消した。青子はほわあ……と丸く口を開けて驚きを示し、そしてすごいねと嬉しそうに笑う。いつものように。
 
「なんだかわらしべ長者みたい」
「じゃあ今度はもっといいもんやるよ」
「青子ももっといいもの準備するね!」