こころ となりに

 扱ってる案件を一通りまとめて始発電車で帰宅すれば、リビングには横たわって寝ている娘の幼馴染の男の子の快斗君。そしてその子の腹部に覆いかぶさるようにして寝ているわが娘青子の姿があった。

 +  +  +

 いったい何があったのか。隣で寝るなら普通に寝ればいいのに。と、ダイニングテーブルに目をやれば夕飯の残りであろう籠に盛られた鶏のから揚げ。空になった薬のPTPシート。体温計。台所には洗面器。使ったであろうタオルも何枚か。

「あ、お母さん。お帰りなさい」
「ただいま」
 寝ぼけ眼で青子はのそりと快斗くんから離れて体を起こす。隣で寝ている彼の目を覚まさないよう声は小さめ。
「快斗君、如何したの?」
「ケガして熱出したみたい。家帰ろうとするから、ここに寝て貰った。一人で寝ててなにかあってもいけないし」
 体を起こしたものの、彼の腹部から青子は腕を放さない。これは勝手に帰らないよう捕まえてるのかしらね。そんな事しなくても逃げないわよ、多分。
銀ちゃんが予定外出勤で出かけざるを得ない時、同じようにお腹の所に乗っかって「おしごといっちゃやだ」とか言っていたわね。懐かしい。
「このじゃがいもは?」
 床に無造作に置かれているじゃがいもやキャベツ、人参。こちらではあまり見ないサイズ。
「快斗のお土産。北海道行ってきたんだって」
 お土産何がいい? って聞かれたから北海道っていいったらじゃがいもだよね! って言ったの。そしたら色々買ってきてくれたんだよ~と言葉が続く。色々にしてはかなり多い。総ざらいで買ってきたのかしら。大雑把に見えて気遣いの子よね。

 +  +  +

 もおねー、帰る帰るっていうんだよ! 快斗一人くらい泊れる場所ちゃんとあるのに。同じリビングで寝ようとしたら部屋で寝ろって言うから部屋で寝ようかと思ったけど上がったり下りたりめんどくさいからソファに布団持ってきちゃった。こっちの方が看病しやすいし、と悪びれずいう。
熱が下がった時、快斗君が頭抱えそうな案件だ。彼はそういう所はしっかり線引きしている。

 少し前までは男の子は育てるの大変そうだわと思う位、快斗君はやんちゃだった。でもある時からやんちゃなのは変わらないまま、少し落ち着きを…大人の顔を見せ始めた。ちょうど千影さんが海外メインで働き始めた頃だ。
 快斗君が小さい頃に彼のお父さんが亡くなり、その頃から千影さんは働きに出るようになった。うちはうちで共働きだから青子が一人でいることも多く。同じように一人でいることの多い快斗君と一緒にいることが多かった。
 二人が高校生になって、少し経った頃千影さんから今までは日本でだけ働いていたけど、海外にも行くようにするので申し訳ありませんがよろしくお願いします、何かあったら連絡くださいと言われ生活費用も払い込まれた。
 ショービジネスの世界は日本より海外の方が仕事が多いし、出来る人ならそちらの方が払いもいい。快斗君のこれから先を考えたら資金は必要だ。
小さい間は離れるのも心配だっただろうが、ある程度の年になるとそれも難しくない。なんだかんだで学校には毎日通っているし。授業は寝てることも多いみたいだけど成績も優秀。青子がテストでいつもぎりぎりで負けちゃう! と毎回言っている。
 からからからと軽い音がしてそちらを見やると、青子が氷枕を作り直して持ってくるところだった。快斗君の汗ばんだ髪と首元を拭き、氷枕を入れ替える。
「服はそのまま。快斗の動きも鈍かったからとにかく休ませちゃおうって思って」
 額の汗をぬぐい、張り付いた髪を避ける。ここまで傍で話しても動かしても起きないのは余程だわ。すーすーと穏やかな寝息が聞こえる。熱はまだあるが、最初程は高くないよう。
「だいじょうぶかな、快斗。」
「大丈夫大丈夫。すぐ元気になって青子にお花くれるわよ」
「うん……」
 青子が言うから泊ったのであろう。多分銀ちゃんや私が言ったところで家に帰ったはずだ。快斗君はわが娘には少し弱い。性別のせいか性格のせいかそれ以外か。
 青子も青子で彼にはこうしてとかこれは嫌とか割とはっきりものを言う。
親には自己主張はしてもわがままは言わない。ここに行きたいあそこ行こうよって言う相手は必ず快斗君。私達には如何かなって聞きはするけどあきらめが早い。もう少しおねだりしてくれてもいいんだけど。ねだる相手は私達じゃない。大体は彼。
 快斗君も青子が行きたいって言ったら何とかしようとするし。任せっきりではいけないと思いつつも任せてしまう。それに子供達同士でしか話せない事もあるだろう。大人が首を突っ込んではいけない部分。
 気付けば青子はまた快斗君の腹部に覆いかぶさりうとうととしている。逃がさない精神もここまで行くと呆れてしまう。さすがに重くてうなされたりしないかしら。今の所大丈夫みたいだけど。
 二人が休んでいるうちに朝ごはんの支度をしてしまおう。食べ終わったら私もゆっくり休もう。寝ないと回復しないわ。そう決めたら台所へと足を向けた。

 +  +  +

「すみません、ご迷惑を……おかけしてしまって……」
 朝の光が部屋にしっかり入って気温が上がる頃に快斗君は目を覚ました。お腹にしがみ付いて寝ている青子に大層驚いて。私に気づいて気まずそうな顔をして。起きあがろうにも人ひとりのっかっている状態ではどうにも動けず困り果てた状態でそう言葉を発した。
「ほら、青子。どきなさい。快斗君困ってるわよ」
「……ん~~? 快斗起きた?」
 起きてくるわが娘。目をぱっちりあけると「あ、快斗おはよう」と彼の腹部に乗っかったまま何もなかったように発する。おはようじゃねーだろ、と困惑した彼が小さく呟いたのが私の耳に入った。
「熱は?」
「はい、体温計。熱測ってね」
 青子が額に手をやるのと私が体温計を差し出すのが重なり、彼の動きが止まった。差し出した体温計を青子が取り、快斗君に渡す。

「オメー重いよ、除けよ」
「なによー、どいたら快斗帰っちゃうでしょ一人じゃ何もできないくせに!」
「出来ねー事ねーよ、できるよ」
「そんなの嘘だもん青子知ってるもん! あ、熱少し下がったね。三十七度二分。お薬飲んでまた寝ようね。着替えもしないと」
「これ位の熱だったらもう大丈夫だよ」
「何言ってるの、しっかり治しなさいよ~~~~!」

朝からこの二人はいつも通り騒がしい。

「ご飯できたわよ。食べましょう。快斗君、食べれる? 食べ終わったら着替えてもう少し寝るといいわ」
「はい」
「なによ、いい子ぶっちゃって」
「なんだよ」
「なによ」
「はいはい、いいから早く食べましょう」

本当に騒がしい子たちね。でもこの騒がしさに安心するわ。

 +  +  +

「あとで千影さんに伝えるだけ伝えておくわね」
「いえ、大丈夫なんで」
「駄目よ。あとで知ったら心配するわ。帰って来る帰ってこない別にして、何があったかは知っておきたいのよ」
「……はい」
「そうよー、ちゃんと言いなさいよね」
「なんでおめーに言わなきゃなんねーんだよ」
「心配するからでしょ!」

 またやいのやいのと掛け合いを始める子供達。
 この騒がしさもちょっと楽しいわね、と私は頬を緩ませた。