なんだか、すぐに電話しなくちゃいけない気がしてスマホを取り出す。履歴をタップ。コール音。早く出て欲しい。出ない。出て。お願いだから。焦燥感。どうしたらいいんだろう。ただ、快斗と話したかった。声が聴きたかった。ご機嫌斜めでも怒られても拗ねられてもいいから。何かあった? ねえ。
ぷつっとコール音が切れる。そして、
『どーしたよ、青子』
「あ、かいと!」
いつも聞いてる幼馴染の快斗の声。良かった。出てくれた。大丈夫だった。ううん、いつもの声だけど、いつもの声じゃない。何か、なんだろう。大丈夫?
+ + +
「すごくたくさんのじゃがいもだね……」
北海道に行く、と言った快斗にお土産はじゃがいもがいい! と青子は突撃電話をかけてきた。スーパーに売ってるのでいいよ、と言われはしたが。
「どれがどの料理にいいのかわからねーから置いてるの全部買ってきた」
ほら、と玄関の上り口に無造作に置く。快斗にはどのじゃがいもがどれに向いているのかなどさっぱりだ。悩む位なら全部買えと総ざらいで買ってきた。品種はちゃんと書いてある。作り手に任せるのが一番。キャベツも人参もある。
青子はしゃがみ込み、袋の中からじゃがいもを種類ごとに取り出す。ふむふむと手に取りながら形と品種を確認する。こっちは肉じゃがかな~これはカレーだね! とか楽しそうである。無事ご希望に添えたようだ。
罪を着せられ殺伐とした空気から一転、穏やかな空気にほっと一息つく。やはり、自分がいたいと思うのはここだ。青子のいるところ。いつだって自分で――黒羽快斗でいれる。
工藤新一の変装は手間が少ないけど、心労が増えてきた。付き合い始めたなら言ってくれ。対応変わるだろう。いや、リサーチ不足だった自分のミスだな。変装はなるべくあの彼女のいない時にしたい。
キャベツ本当におっきいなぁ赤ちゃんみたい、といいながらぽんぽんと優しく叩いている青子に「じゃ、帰るな」と声をかければ
「え、なんで? 今来たばっかりじゃない」
頬を膨らませ不服そうな表情を見せる。そりゃそうだけど。
「なんでって、夜だから」
もう遅いだろ、と付け加え家の扉を開けようと体の方向を変える。
青子の顔を見れた。声も聞けた。土産も渡せた。自分の気持ちも落ち着いた。快斗の差し当たっての目的はもう果たせているのだ。
「夕飯はたべたの?」
「いや、食べてない」
その返答に青子は眉根を寄せるが、すぐに明るい顔になり
「じゃ、ちょうど出来上がった所だから食べてってよ。快斗が今からくるって言ったから揚げたんだよ、鶏のから揚げ。出来立て! すごいでしょー時間ぴったり! 帰ってもどうせカップ麺で終わらせるつもりなんじゃないの? そんなの青子許さないんだから」
逃がさないとばかりに青子は快斗の腕を掴む。シンガポールで撃たれた方の。少し痛みが走るが耐えられない訳ではない。彼女に気づかれなければそれでいい。
正直日本に着いてから何かを口に入れる隙もなく動き回っていて空腹も空腹。帰るのが少し遅くなるが気にするほどではない。気になるのは世間様だ。警部はキッドを捕まえに行き不在。碧子さんは仕事が押してて泊りになると聞いた。残るは青子一人となる家に長居は出来ない。
が、しかし。どんなに葛藤して世間様と青子のお願いを両天秤にかけたところで世間様が勝つことはないのである。
「わーったよ。じゃ、ご相伴にあずかりますかね」
「うんうん、あずかって!」
自信作なんだよ、と笑う青子にこちらも頬が緩む。いや、多分中森家を訪れた時からずっと緩んでいるだろう。大体なんだ、合わせて揚げたって。わざわざ……? そんな事言われて帰れるか? しゃーねーなーと言いながら靴を脱いで上がるが自分が一番しょうがない。青子には勝てない。
+ + +
「今日は味付けを変えてみました!」
どん、とテーブルの上に鎮座する山盛りのからあげ。好きなだけ取れと言わんばかりにふたつの籠に盛られている。曰く、両方下味変えてみたの! との事。
いつも色々調味料混ぜるからいまいちなのかな~と思って単独にして。白だしだけのはあっさり気味かな。醤油のはね、少し甘い感じのお醤油が手に入ったから使ってみて。なかなかいいんじゃないかな~と思うんだけど。お母さんとも相談しながら作ったんだ、とあれこれ話しながらわかめと豆腐の味噌汁を二人分置く。いただきます、と手を合わせ、味噌汁を口にする。暖かく、落ち着く味だ。
途端に空腹が加速する。話すこともせず箸をひたすら動かす快斗に、お腹すいてたんだねーと青子が笑う。空腹もあるが、この味に――青子の料理に飢えていたんだろうな。帰ってこれてよかった。
「味はどーお? 青子はね、けっこう好みの味になったかなって思うんだけど」
ずい、とテーブルの向こうから顔を快斗に近づけてくる。近い。こいつには警戒心とか危機感はないのか。さすがに平静でいられないので近づかれた距離分だけ後ろに下がる。と、なんで下がるのみたいな顔をされた。いや、下がるだろう。
「で、味はどう?」
「……うまいよ」
青子がきょとんと大きく目を見開く。えええ……と呟きながら両手を頬に持っていき驚愕の表情。
「ねえ、熱でもあるんじゃないの!? 快斗がこんなに素直に答えてくれるなんて……」
「んなわけないだ……」
快斗の額に青子の細い指と手の平があてられる。ひんやりして心地よい。
「でてるじゃない」
「そーか?」
「熱、出てるよ。ちょっと待って」
自分では熱が出ているのかどうかわからない。青子は救急箱を取り出し体温計を探しているようだ。探している間も快斗は目の前の料理を食べ続ける。随時アップデートされる料理にの腕は褒めていいと思う。正面切って褒めたことは殆どないが。
「はい、測って」
おもむろに差し出される電子体温計。脇に挟むタイプで既に電源は入っていた。
「いーよ別に」
「よくないの! 測って! 快斗がしないなら青子が無理にでも測っちゃうよ?」
測る前に自宅退避という道は途絶えた。はいはいとため息つきつつ体温計を大人しく受け取り測る。数刻後、電子音が鳴ると青子がそれを引き抜く。
「おめえなあ…」
「さんじゅうきゅうど……ってどういうことよ。喉痛いとか頭痛いとかどこか怪我したとか何したの言ってみて!」
ぐっと快斗の両腕を青子が掴む。いてっ、とついうっかり声を上げてしまい熱の出どころは知られることになった。
肩の銃創。簡単に処置はしたがそれだけだ。なかなか血が止まらず一寸往生した。
「どこか怪我したの?」
「えっと、左肩。ちょっとへました」
目の前の彼女の顔色が青ざめ色をなくしていく。大丈夫だからと言ってもその色は戻らない。快斗の両腕を掴んでいた青子の手の力が少し緩められた。もう一度、大丈夫だからと答える。詳細は語れない。語ったら青子の方が倒れそうだ。
「お薬飲んだ? 抗生物質とか熱さましとか」
日本に戻ってから薬は寺井ちゃんから受け取った。デニムのポケットに突っ込んである。
「まだ」
「持ってるの?」
「あるよ。病院には行ったから」
病院になど行っていないがそう口にする。そうすれば新たに連れて行かれることはない。
「はい、じゃあお布団持ってくるからそこに寝て。テーブルは避けるから」
彼女の指さす先はリビングど真ん中。警部や碧子さんが帰ってきたらどう思うのか。
「家で寝るからいいって」
「よくないわよ。そんな熱で帰る気? 夜中、途中で体調もっとおかしくなっても判らないじゃない。いーい? 菌感染って怖いのよ。傷口から菌が入ったら破傷風とかもあるし、血液とか脳に回ったら死んじゃうんだから! 知らない間に快斗が死んじゃうとか嫌だからね!」
「わーった。わかりました! ここで寝る。オメーはちゃんと部屋で寝ろよ」
「寝るけど一時間ごとに降りているかどうか確認するから。勝手に帰らないのよ」
「わーったよ」
死ぬとか縁起でもない。心配させる気も面倒かける気もなかったのにどうしてこんな事に……今の今まで問題なかったのに、ここに来て発熱。日本に帰ってきて気を抜いてしまったか。
「あの時もおかしいと思ったから電話したのよ。大丈夫かなって思ったけど何かしんどそうだったし、わざわざ聞いたって絶対はぐらかすだろうし。でもやっぱりそうだった怪我してた! 青子さんをだませると思わないでよね」
「へーへー、わかりましたよ」
青子は憤慨しながらガラスのコップに水を入れ差し出す。快斗が受け取ると納得したように部屋から出て行った……かと思えば大きな白い荷物――布団を持って帰ってくる。受け取ろうとすると「早く薬飲んで」と睨んでくるので大人しくポケットから薬を取り出し飲む。
「飲めた? じゃ、ここに寝て」
出来上がった寝床に促され、快斗はゆっくりと体を横たえる。横になって、体が重い事に気づく。ああ、やっと休める。
「しっかり寝るのよ。ちゃんと青子はいるから」
シンガポール。空も海も青いのに青子はいなかった。空に近づいても海に近づいても青子はいなくて、ただ遠かった。
名探偵は彼女に近づけたのに、自分には青子がいない。それが尚更に気持ちを沈ませていた。だけど、小さな機械の先から聞こえた彼女の声でそんなことは全部消え去った。
そうか、あの時かけてきたのはそういう事か。巻き込まない、気づかせない、とかこっちがどんなに考えたって役に立たない。ここぞって時に気づいて殴りこみかけるのだ、彼女は。でもそれで助けられてるし、助かってる。主に自身の気持ちの上で。
「かいと~寝ちゃった~?」
まだ寝てねえよ、という呟きは音になることはなく快斗の意識は深く沈んで行った。
+ + +
やっぱりあの時しっかり聞いておくんだった。こんな高熱が出る程の怪我してるなんて知らなかった。玄関あけた時はそこまで酷そうには見えなかった。疲れてるのかな、とかは思ったけど。ご飯食べてるうちにこれはちょっと違うんじゃない? なにかあるよね? と思ったら案の定で。
快斗はこういう嘘つくの上手で、青子はすぐ騙されてしまう。そういうとこでポーカーフェイス使わないで。マジシャンにならないでよ。どうして青子には教えてくれないのかな。頼りにならないかな。そう思う度落ち込みそうになるけど、頑張って顔上げる。
作ってきた氷枕と快斗が使ってる枕と取り換える。頭がすごく熱くて汗もかいてる。癖毛もぺたんとなってちょっとかわいい。おでこには小さな保冷剤をタオルハンカチで巻いて置いた。寒いかな、どうかな。快斗寒がりだけど今は熱いだろうからこれ位がいいよね。ほっぺも熱い。
部屋で寝ろって言われたけど、そんな気になってしょうがないしこのまま快斗の傍にいよう。
ねえ、早く元気になってよね。話せないと、さみしいよ快斗。