なんてことない話

 
 まあ最初はちょっと期待した。
 学祭の実行委員の打ち上げ。青子が何度かちらちらとオレに何故かくっついてくる隣のショートカットの女の先輩を見ていたからやきもちか? と最初は気になった。いや、こういった場所であからさまに感情を出すことを青子はしない。二人きりになって、ぽつぽつと現し出す程度。
 だけど、なのに、視線の雰囲気が、明らかに、何か違う。やきもちじゃないな? なら何だこの視線は。
 どれだけ思考を回転させてみても思い当たることはなかった。

 +  +  +
 
「快斗モテモテだったね~」
 少しばかりアルコールが入り、ふにゃふにゃと自室のベッドに寝転がる青子の口から、子供によかったね~というその音程で言葉が落ちてきた。頭でも撫でてきそうな勢いだ。
 あ、なんだ。褒めるだけの視線だったのか。そうかよ。褒められてもあまり嬉しくない。
 どんなにもてたって、オメーに素通りされたんじゃ意味ねーだろ。オレよりオメーの方が狙われてたんだぞ分かってんのか、分かってねーなこれは。
 今回は青子だけじゃなくオレも一緒だったから、変なやつ寄せ付けないよう隣をずっと陣取った。いくらこいつが他を見ないと知っていたって、他の男に近寄られて気分良くいられるほどオレの心は広くない。
 青子が楽しそうにオレの指先を弄ぶのは程よく酔っている証拠。普段は商売道具だからと触りもしない。オメーならいくらでもいいって言ってんだろ、と何度言ってもだめとか言うからそういう時はこっちから触ってやることにしていた。
 床にオレが座り込むとベッドに転がる青子と視線はほぼ同じ高さになる。それに気づいたのか潤んだ目をこちらに向け、へにゃっと表情を崩した。子供の時からよく見る無防備な顔。知ってるのはオレだけ。思わず口元が緩みそうになるのを抑える。
「かいとにくっついてた髪の短い先輩……おっぱい大きかったね~」
「あーそーだなー……」
 いーなーと小さく呟きながらオレの指を曲げたり延ばしたりする。あったけーな、こいつ。
 会の間中、女の先輩がやたらとくっついてきた。オレの隣、つまり女の先輩の反対側には青子がいるにもかかわらず。付き合ってるの知ってると思うんだけどな。自分に自信があるんだろうけど、めんどくさい押しの強い奴は好きではない。
「ふわふわしてた? きもちよかった?」
 にこにこと下心も何もなしに青子はその時の状況だけを聞く。まあ、そりゃあ柔らかかったなーとは思ってもそれだけだ。青子の絡めてくる指の暖かさの方が気持ちいい。
 どちらかというと青子の耳元とか首筋の方に気を取られて。今日は緩く髪を上げ、首元もその周りもよく見えた。白い肌がアルコール入る度に赤く染まるのを見たいような見てはいけないような気分になりながら耐えた。他の奴には見せないように座る位置も考えた。よく頑張ったと思う。
 夢見るようなふわふわ声で青子が続ける。
「いいな~って青子思っててね。青子もね、大きいのいいなあと思って~……だからね、手術してみようかなって思ってるんだけど、どうかな?」
 ふふふ、と笑う。いや、笑ってる場合じゃないだろ。何言ってんだこいつは。手術? どこを?
「快斗、おっきいの好きでしょ? だから胸おっきくしてみようかなって。ほら、やっぱり青子のちっちゃいから」
 ね? とオレの手を自分の胸に重ねさせる。そこには平均よりもかなりささやかなふくらみ。誘い過ぎてんだけどこれはしていいのか、酔っ払い。
「おっきくなったら、こことかふわふわするかなって。ふわふわになったら、快斗も気持ちよく……ひゃ……!?」
 座り込んでいた床からベッドへと移動し、青子を仰向けにし、見下ろす。何が起こってるのか判らない、と言わんばかりに見上げてくる。
「手術とかしなくていいから」
「どして? おっぱいきらい?」
 とてつもなく寂しそうな顔をするから、一瞬返す言葉がなくなる。どう答えるのが正解なのか。
「いや、好きだけど……そのままでいいから」
 なんで? と問われて尚更言葉に詰まる。なんでって、そのままでいいって思ってるのが理由にはならないのか。考えて、考えてやっと別の言葉を口にする。
「手術ってことは他の奴が触るだろ」
「そーだねー」
「オレ、それは嫌」
「やなの?」
「やなの。オレの手に丁度あうからこのままでいい」
 鼓動と呼吸で上下するふくらみ。置いた掌に少しだけ力を入れると艶めいた声が上がった。
「……んっ……ふぁ……いい、の?」
「いいんだよ、しなくて。このままが好きだから」
「ん、じゃあ、やめとく」
 そうしとけ、と髪を軽くなでると返事は寝息に変わった。すやすやと眠る青子を見ながら、明日弄るネタが出来たなとほくそ笑んだ。