青いアクアリウム


「おさかな苦手な快斗くんに青子が水族館を見せてあげましょう!」
 よく晴れた休みの日の朝早く。チャイムが鳴るので出てみれば、そこにいたのは隣に住む幼馴染の青子だった。
 
 
 + + +
 
 
「水族館って何がだよ。やつはみたくもねーぞ」
「いいからいいから。青子さんに任せなさい」
 青子は後ろ手に長い何かと四角い布(多分レジャーシート)を隠し、もう片方の手で快斗の背を押す。どこに誘導されているのか。その顔は何かをたくらんでいますと言わんばかりの笑みで警戒せざるを得ない。
「オレ、鳩小屋の掃除したいんですけどー」
「青子も後で手伝うから、ちょっとだけ」
 お願い、と言われたら断るすべがない。
 しゃーねーな、といつも通りの返答をすると青子は嬉しそうに頷く。それだけで返事をした価値があるというもの。
 到着! と辿り着いたそこは黒羽家の庭。そばには鳩小屋。
 ちょっと待ってね、の言葉と共に裸足で庭に降りるとレジャーシートを広げた。端にちいさなブロックもしっかりと置く。
「はい、ここ! 快斗寝っ転がって! 目瞑って!」
 自分はシートの上に座り、その横をぽんぽんと叩き寝ろと促す。なんで自分だけ? と思わないでもないが言われるがままに寝転がる。
 さわさわと木が揺れ、飼い主を見つけた鳩たちはくるくると鳴き始める。もう少し待ってろよ、あとで掃除して遊んでやるからなと心の中で呟く。
「目あけちゃだめだよ」
「あけてねーよ」
 柔らかく暖かい日差しに、気を抜けば眠りの国の住人になりそうだ。がさがさと準備をしていた音が静かになり、入れ替わりにぽん! と軽やかな音がした。
「はい、あけていいよ」
 目の前に広がるのは真っ青な雲一つない空。そして透明な傘。ふちには海の生き物。魚はいない。透明な部分に空が映えて、いわゆる
「お空の水族館です!」
 隣にはいつのまにか同じように寝転がった青子が傘を高く掲げてそう言い放つ。
「こっちはくらげ。こっちはラッコとペンギン。かっわいいでしょ?」
「ったって、空だろ。海じゃねーじゃん」
「なによー! 空の青も海の青も綺麗でしょ。水平線で一緒になるんだし。だからいいの」
 いつだったか、同じような事を言ったなとふと思い出す。あの時は性質が異なるだなんだと相手が駄々をこねたのだ。相容れない相手。
 くるくると傘が回り、水族館が揺れる。空の青も、海の青も全部青だ。
「そうだな」
「でしょ!? この間使ってる人見て、これだったら快斗もいいんじゃないかなと思って探して買ってきちゃった。青子ね、水族館も行きたいけど快斗が倒れちゃうと嫌だし。だったらこれがいいかな~って」
 どう? と伺うように視線がこちらに向く。敵わないのはこういう所だ。
「そうかよ」
 肯定の返事と受け取ったらしく、ほわんと笑う。
「お天気もいいし、ぽかぽかしててすっごく気持ちいいね、寝るのにちょうどいい~……」
「寝るってオメーな、ここ外……はえーな、おい」
 倒れそうになる傘を青子の手から離し、地面に置いた。風で飛ばないよう少し細工をして。
 どこで売ってるのかどうやったら驚かせられるか。考えに考えて睡眠不足と言ったところだろう。
 水族館にだって連れて行く、と言ったことを覚えていたのだろうか。行きたいというならいくらでも連れて行く。横で元気に歩ける自信はないが善処する。
 すやすやと眠る姿を見ながらそう思う。
 
「さて、お姫様が寝てる間にオメーらの部屋の掃除するか」
 
 快斗は着ていたパーカーを青子にかけると、鳩達へと声をかけた。