A lot of~another~ ~ある夜の話・9

■before 2/14
 
「珍しいですね、警部。お菓子とか」
 捜査二課、怪盗キッド専任、鬼の銀三と呼ばれるその人が自分のデスクに広げていたのは茶色い固形物……チョコレートケーキであった。
 
「うん、食べて感想書かんといかんのだ」
「感想?」
 神妙な顔つきでチョコレートケーキを上にしてみたりひっくり返してみたり。腕組みをしてあまりにも悩んでいるものだから思わず声をかけてしまった。
 話しかけた銀三の部下には疑問しかない。食べるならさっさと食べればよいのに。正直あまりゆっくりしているとくいっぱぐれてしまう。いつどこで事件に呼びだされるか判らない。カップラーメンが出来る三分の間に呼び出しがかかり、帰って来てみれば水分を吸い込み過ぎて麺がカップから溢れるという事もままあるのだ。
「娘にな……色々作ってみてるんだがなかなかしっくりこないらしく」
「ああ、バレンタインです?」
 中森警部には高校生の娘さんがいる。時々弁当や着替えを持って警視庁を訪れる。あの年齢で父親を嫌がらないというのは割と珍しい。父親は金づると言うか、服を買いに行く時にお金を出してくれる人位の立場にしか考えられてない事が多いようだ。
「今年は彼にちゃんと渡すと言って頑張っておるんだけどな……最初は自分一人で作って食べてをしていて。なんだか分からなくなったらしい。妻がみつけて、それをワシも聞いて。今こうなっとる」
 指で掴みそのままケーキを口に入れる。フォーク使いましょうよ、と助言する間もない。
「一家総出で? 彼一人に?」
 聞き逃しそうになったが娘さんがバレンタインに彼のチョコを作るのは分かる。奥さんが助言するのも分かる。警部がその手伝い……手伝い? 娘と付き合ってる彼にあまりに好意的ではないだろうか。
「甘い物好きだからどれでも大丈夫だと思うんだけどな。朝から作って、妻とワシの弁当に紛れ込んできて。帰った時に感想が言えるようまとめておくんだ」
「朝から作ってるんですか?」
「夜は彼が家にいるからな」
「えっ、家に?」
 聞けば幼馴染で、家は隣。そのご家族は仕事で不在気味で。いない時は警部の家で食事をするという。なんだか出来過ぎた話だ。
「夕飯は大概一緒なんだ。朝は飯の時間にしか来んから、それまでに作って隠しておる。匂いが割と残るんで、気づかれないようにするのが割と大変でな」
 ワシの妻と一緒で聡いんだよ、快斗くんは……と続ける。どうやら彼の名はかいとくんと言うらしい。ぽろりと零されたこれ以降使わない情報。一応インプットされた。
「娘は料理が出来ない訳じゃないんだが、あと一歩が足りなくてな。いつもそこを彼に言われてしまってやいのやいのしてるんだが。彼もそうは言っても作ったものを残したことはないし……」
 もぐもぐと口を動かしながらこちらに説明してくれる。警部、説明は食べ終わってからでいいですよ。
「本当は最初に彼に食べて欲しかったみたいなんだが、失敗作を食べさせるのも……と。いや、失敗しておっても彼は食べると思うんだが。いや、そこまでの失敗はないんだけどな」
 咀嚼が終わり飲み込むと、水筒のお茶を飲み干す。少し考える素振りをすると筆記具を手に取りメモを始める。
「感想だよ。書いておかないと忘れるからな」
 銀三に基本だろ? と言われ、部下ははあと答えるしかなかった。


■after2/14

「かーいと! 今年はチョコ貰えた? 幾つ貰えた? お母さんに教えて!?」
 スマホから画面いっぱいの母の顔。そしてスピーカーから母の声。思わずうげえと声が漏れ出た。
「なあに? その顔。こっちはお母さんよ、ちゃんといいなさい」
 スマホのディスプレイ部分を机にうつ伏せやり過ごそうとしたが、よく通る声が漏れ出る。仕方がない、とひっくり返し向かい合う。
「……十個」
「あら、十人もあんたにくれたの」
「違う」
「一人一個でしょ?」
「一個はクラスの女子が」
「ああ、義理チョコね。それで残り九個は?」
「青子から」
 言いたくない、自分だけのものにこの事象はしておきたい。言いたくはないが黙っていても他から情報を聞き出してしまうのだ、この母親は。だったらさっさとかいつまんで言ってさっさと逃げるに限る。
「いいだろ、終わり。じゃあな」
「なんで九個も青子ちゃんくれたの? 毒味?」
「んなわけねーだろ! ちゃ、ちゃんと、オレに!……くれた、からオレのだよ」
「あんたの分なのは分かったわ。それで? あんたがしっかり言わないなら青子ちゃんに聞くだけよ」
 何を話そうと切るつもりでいた。切ってスマホはベッドに投げ込むつもりでいた。が、しかし。言うに事欠いて毒味とはなんだ。そんなわけないだろと反射的に返してしまったのが運のツキ。
 言いたくない。しかし青子に言わせたくもない。八方ふさがりの中、自分が告げる方を選ぶ。
「会った時から、貰ってない分。一年一個で、今年の分入れて九個」
 にこにこと楽しそうにそれは嬉しそうに息子の言葉を聞く。いずれは知ってしまうだろうと思ったが、こんなに早く知られるとは思わなかった。おかげで快斗は息も絶え絶えな状態だ。
「いいだろ、おわり。じゃ……」
「青子ちゃんもやるわねー! あのねーお母さんはねーそりゃもうあの人からたっくさん薔薇の花貰ってね! ほ、ら~! どこの国も男の人がお花を贈るじゃない? でも一度だけチューリップでね!」
 笑顔を続ける母親に根を上げ、視線は合わさず通話を終わらせようとする宣言の言葉に千影の盛大なのろけが重なった。
 止まらない。
 何度聞いたか判らない。
 父親にどれだけの薔薇の花を貰ったか。海外のバレンタインの話だと言ってくれていれば日本のバレンタインの事も気付いたかもしれないのに。母はただ「この日に薔薇を貰った」としか言わないから二人の記念日なんだろうとしか思わなかった。まさかこんな重大行事があるなんて。何故教えなかったのかと言いたい気分でいっぱいだった、昨年までは。今年はそれをひっくり返すくらいにいい出来事になったので忘れてやるかと思えばやはりこの有様。母はやはり母だった。
「わーったよ、明日も学校あるからじゃあな!」
 今度こそ通話終了ボタンをタップする。母の嬉しさを盛り込んだ声が切れた。
 通話の度に何かにつけ始まるのろけ話。今でも話題に上る位だ、思っているのは変わりないのだろう。だがしかし、それとこれとは別だ。
 帰国するまでに思いつく限りの手を打っておかねばならない。あの母は予想もつかない事をするのだから。



■before 2/14 Ⅱ 
 
「教えて欲しいんですけど」
 と、おずおずとテレビ電話をかけてきたのは、中森さんちの青子ちゃん。快斗と付き合い始めたばかり。初々しいったらないわねー、もうかわいい!
 二人が付き合い始めた事、快斗がこちらに伝えてないもんだから、それを知った青子ちゃんが『やっぱり青子と付き合うの恥ずかしいんじゃ……』とか言い出して揉めたのは記憶に新しい。
 勿論言われる前からそうなっていたのは知っていたけど、やっぱり直接聞きたいし。中森さんたちには快斗がしっかりご報告に行ってるのに、私に言わないってどういう事かしら~? と思ったりもしたから。『母さんに伝えると揉めるんだよ!』って言うけど、伝えなくても揉めたじゃないの。それ以来、連絡だけはしてくるようになったわね。男の子はつまんないわ。
「ええ、なにかしら」
「快斗って苦手な食べ物ありますか? 魚以外で」
 真剣と言った表情で向き合ってくる。かわい~。
「魚以外ね」
 高校になるまでは私が青子ちゃんのも含めて食事を作っていたから、苦手な食べ物とか殆ど分からなかった筈。給食も意気揚々と自分から「アレルギーなんで無理です」とか言って帰ってきて学校から確認の電話とかきたし。まあ、ある意味アレルギーよね。
「特になかったと思うわよ。アレルギーもないし」
「ドライフルーツとかも」
「大丈夫よ。出せば全部ちゃんと食べるから」
 よかった、とほっとした顔をするディスプレイ越しの彼女。不安にもなるわよね、分かるわ。
「そういうのは今はきっと青子ちゃんが一番知ってる筈よ。おばさん、快斗の事ほったらかしだし」
「でも、青子まだ知らない事たくさんあるから……」
 少しだけ表情が曇る。
 どの事を言っているのだろう。あの子が彼女に隠したいと思っている事は殆どばれちゃった筈。早々に一人で生きていけるようには育てたけど、経験年数はやっぱりまだ子供。こう言ったのは失敗だらけ。彼女心配させてんじゃないわよ。
「隠してることは然るべき時にばれちゃうのよ。青子ちゃんにはいつか全部ばれちゃうわ」
 ばれないって事は今はまだその時ではないって事。ああいうのは最高最悪のタイミングで起こっちゃうのよね、不思議な事に。
「大体ねー、あの子が隠すことっていうのは『かっこわるい』とか『みっともない』とかそういう事ばかりだから。そういうのはあの人もそうでね」
「おじさまも?」
「そうよ。年の分、快斗よりは上手だけど。言い方変えてるだけで根っこは一緒。親子過ぎるわ」
 くすくすと笑ってくれる。よかった。流石にこの子が寂しい顔してるの見るのはつらいのよね。
「で、何つくるの?」
「チョコのお菓子なんです。どれがいいか迷ってて」
 チョコ……バレンタインね。今年はいい目見れるんじゃないの、我が息子。
 
 
 バレンタインの後。
 青子ちゃんが出会ってからの分全部渡してきたと聞いてちょっと驚いたのは別の話。渡さない、から数年分全部とか……極端から極端に走るのね、ホント。




■after2/14 Ⅱ
 
「おはよう、快斗くん」
 おはようございます、と言いながら我が家のリビングに入ってくるお隣の青子の幼馴染にそう声をかける。青子は洗濯物を干しに行ってて、銀ちゃんはまだ帰ってきてなくて二人きり。何か手伝いましょうかと所在無げにうろうろする彼に、お茶碗準備してもらっていいかしらと返す。
 よく使う食器はシンク横の金属の籠に入れている。炊飯器には炊き立てのご飯。お弁当に使う分は避けて冷やしてある。もうお茶碗にご飯入れちゃって、と伝えるとはいと頷いてしゃもじを取り出した。
「遅れたけど、それおばさんから快斗くんへバレンタイン」
「あ、ありがとうございます」
 ダイニングテーブルのいつも快斗くんが座る椅子の前に置いた小さな赤い箱。当日はいなかったから今頃になったけど受け取ってくれるかしら。なんせ、
「クラス共同のチョコ以外全部断ってたんですって?」
「え、なんでそんなこと」
「千影さんが言ってたわよ。去年より減ってたけど~……って」
 苦虫を噛みつぶしたような顔をする快斗くんにちょっと笑いそうになる。うちでは割とお澄ましと言うかわきまえて動いてる感があるんだけど、青子の前とか血の繋がった家族に対してはやっぱり違うのね。そんな彼に少しばかりほっとする。
「お墓にね、花をあげに帰ってきてたみたい。お昼前にきて、夕方には成田だったから。あなたには何も言わなかったんじゃないかしら」
 へえ、と特に気にする様子はなく見える。食べるでしょ、と豆腐とわかめのお味噌汁をお椀に注いでいつも座る椅子の前に置く。
「花が枯れる頃にまた帰ってきますって」
「そんなの、すぐじゃないですか」
 花の命はそんなに長くない。数日中には戻ってくる。行ったり来たり何してんだ慌ただしいな、と彼は椅子を引き座る。
「遅らせるより、その日にあげたかったんでしょう」
 花をあげた後の掃除もするついでだろう。快斗くんに任せてもいいのだろうけど、会わずに帰ってしまったせいもある。忘れ形見の一人息子だ。折角なら会いたい筈。
 隣のお家の旦那さんが亡くなったと聞いてからもう何年になるのか。その間も時は止まることなく過ぎて、両手で足りた年ももう足りなくなって。あっというまに私より大きくなって。
 それを一番見たかったのは、彼のご両親。
 青子が小さい時、私が一緒にいれる時間は少なかったけれど、千影さんと快斗くんが傍にいてくれて助かったのだ。今の私のこれが助けになっているとは思えないけれども。
「あ、快斗。ちゃんと起きた?」
「起きてるよ。だから来てんだろ。オメーのも入れといてやったからな」
 洗濯物を干し終わったらしい青子がリビングに入ってくる。ご飯の盛られた茶碗を指さしながら彼が軽口を叩く。娘が快斗くんの隣、いつもの椅子に座るのを確認してお味噌汁を渡す。
 いただきます、と二人して手を合わすと騒がしい朝食が始まった。




■after2/14 本日は晴天なり

「ほーら、やっぱり」
 そろそろお花も枯れちゃうし掃除しとかなくちゃね、と日本に帰ってきてあの人のお墓と言われているものに来てみれば枯れていない薔薇の花一輪。どうみても昨日今日に置かれたもの。
 お墓に置いていったのは十二本の薔薇。
 残されている一本の薔薇の花。
 逆ブートニアじゃあるまいし。
「……そりゃあ、あなたにあげたものよ。でもね~……それとも早く枯れちゃったかしら。花びら飛んじゃってた?」
 聞いているのかいないのか。ううん、聞いてる筈。
 日本のお墓だと薔薇みたいな棘があって花びらが散らかるものはやめた方がいい。ここはそうではないから、これを選んだんだけど。
 棘の取られている綺麗な赤い薔薇。私の胸元に。
 
「そんな牽制しなくてもね、私はあなたの宝石箱にずっといるんだから」