かさねかさねてくりかえし

 
 インターホンの音にひかれて玄関を開ける。
 
「黒羽快斗さんいますか?」
「ごめんなさい、ちょっと出かけてるんです」
 中学生? 肩口で切りそろえたストレートのかわいい女の子。その後ろにはカジュアルな格好をした男の人。うちのお父さんくらいの年に見える。この子のお父さんかな?
「お世話になりましたのでご挨拶をと思いまして。こちら、どうぞ。よろしくお伝えください」
 御挨拶用のお菓子と名刺を預かった。
 
 またインターホンの音にひかれて玄関を開ける。
 
「黒羽快斗さんいますか」
「すみません、ただいま外出中でして」
 かっちりきっちりスーツ着た男の人。お父さんよりは年は下に見える。
「仕事でお世話になりまして。おかげさまで一区切りついたのでご挨拶に来ました。こちら、お渡しいただけると」
 お仕事って、あれかな。工藤くんの探偵さんのお手伝いのこと?
「わかりました。渡しておきます。有難うございます」
 
 またまたインターホンの音にひかれて玄関を開ける。
 
「あの、黒羽さんいますか?」
「この間、助けてもらって。とても嬉しくて」
 女の子が三人。高校生……大学生? みんな嫌味にならない程度のお化粧してて、とてもかわいくて綺麗。
「ごめんなさい、まだ帰ってないの」
 そう答えるとしょんぼりした顔をして、また改めますと言って帰った。
 
「あの人だれかな」
「きょうだいはいないって聞いてたけど」
「お手伝いさんじゃない? 家政婦さんとか」
「あ、きっとそれだ」
 扉の向こう、話し合う声が聞こえる。
 お手伝いさん、家政婦さん……そうだよね。そうにしか見えないよね。やってることもお掃除とかだし。ぽかぽかの日差しとは裏腹に気持ちがなんだか重くなった。
「お家の中のお掃除終わり! 次は鳩小屋!」
 えいっと両頬叩いて気分切り替え。日の高いうちに終わらせちゃおう。
 
 + + +
 
『工藤に呼ばれた。ちょっと事件手伝ってくる。泊りになると思う。帰る時連絡する』
「了解っと」
 ぽちりと快斗にスマホメッセージを返したのは朝の話。
 今度は何の事件だろう。工藤くん、快斗に何させてるんだろう? と青子は思う訳で。一度聞いた時に『青子はああいうの見ない方がいい』と言われたのであまり宜しくないものなんだ。蘭ちゃんにも聞いてみたけど、苦笑いして言葉濁したから内容は聞いていない。
 大学行って、工藤くんのお手伝いして、児童厚生施設のイベントのお手伝い。寺井さんのお店のお手伝いもしてる。寺井さんのお店ではマジックして見せたりして。快斗のお父さんが賞取ったっていうマジックの大会は三年に一度。候補者に選ばれるのも大変だけど挑戦するという。
 あれもこれもやりたい事なのはわかるけど、体壊したりするんじゃないかと思って。青子が手伝える事は食事と快斗がいない間のお家の掃除とか鳩さん兎さんのお世話くらい。快斗の部屋は自分でするって言うから手を出した事はない。
 だから今日も簡単だけど黒羽邸のお掃除に来てる。お天気もいいしちょうどいい。
 
 
「はいるよー」
 がちゃんと鍵を開けて鳩小屋の中に素早く入る。振り向くと鳩たちがぶわっと青子に飛びついてきた。
「待って待って、お掃除終わったら一緒に遊べるから。お外でちょっと待ってて」
 快斗がしっかりと教え込んでいるから、鳩さんたちを外に出しても鳩小屋の屋根辺りで待ってる。止まり木にのって待ってる子もいたりして。
 運動もさせるけど、それは快斗がする。床を掃き掃除して汚れ酷い所は水洗い。落ちそうな止まり木とかないかなと確認する。問題なさそう。
「大丈夫だよ~」って小屋の中から声をかけると鳩さん専用出入り口からわさわさと入ってきた。頭にも肩にも乗って来る。昔から快斗の飼ってる鳩さんはそう。小屋の扉あけて残ってる子を呼ぶとちょっとだけ飛んで青子の腕に止まった。
「もー……青子は木じゃないんだからね」
 そんなこと気にもせず、鳩達はくるくる啼いてる。
『家政婦さんとか』
 ふっとさっきの言葉を思い出す。
 綺麗になった鳩小屋の床に膝を抱いて座り込んだ。膝下の隙間に鳩さんたちがわらわらと入り込んでくすぐったい。
 快斗の食事作るの好きだし、お掃除も楽しい。鳩さんたちと遊ぶのも好きだし、鳩小屋のお掃除も楽しい。少しでも快斗の助けになってたらいいなって思ってたけど。でも、それは人から見たら
「家政婦さんか……」
 口に出すとずしっと心に重しのようにのしかかる。料理にお掃除とかってそうだよね……どんどん重くなる考え。これはいけない。ほっぺにふわっとした感触。肩にのってる銀鳩がすり寄ってくれていた。
「ふふー……慰めてくれてるのかな?」
 一羽がすり寄って来ると他の鳩たちも次々と肌を寄せてくる。足先にのってる鳩を撫でるとちょこんと小首をかしげた。鳥特有の確認の動き。
 ちょっとだけため息。別になんてことない。人にはそう見えただけ。青子はそうだと思ってないし、快斗もそうとは思ってない。多分。分かってるのに何かがかっちりとはまってしまってその考えから抜け出せない。無駄に涙も溢れそうになって今度は大きく息を吐く。そうだ、快斗がするカウントダウンみたいに三つ数えよう。そうしたらぽんって元気になろう。Three、two、one……
「よし、だいじょうぶ!」
「何がだよ」
 頭上から降ってくる声は今はいない筈のここの家主。半目で訝し気に青子を見てた。
「あれ、快斗。今日は泊りになるとか言ってなかった?」
「予想より早く終わったから超特急で帰ってきた。あとは工藤たちにお任せ」
 今日は泊りで工藤くんの探偵の仕事のお手伝い、帰るの明日になると思う、帰る時連絡するとか言ってたはず。そう思ってジャケットのポケットに入れてたスマホ取り出したら連絡入ってた。
「ごめん、気付かなかった。おかえりなさい」
「ただいま。まあオレもこんなに早く終わると思わなかったからな。で、なんでオメーはそんなとこに座り込んでんの」
 鳩さんを抱き上げて足先から青子の膝の上に移動させる。ぽぽぽって楽しそうに鳴いた。
「鳩小屋掃除終わったから、ちょっと一息して鳩さんたちと遊んでた」
「遊んでた、ね。ほら、オメーら自分の止まり木に戻れ」
 青子に寄り添っていた鳩さんたちはそう言われて分かったと云わんばかりに快斗のとこに飛んでいく。あっというまに真っ白のふわふわ。
「ちげーよ、オレにのれって言ってねーだろ」
「久しぶりの快斗だもん。甘えてるんだよ」
 いつぶりかな。一週間は開いてないと思うけど、甘えたいよね。青子より鳩さんが先。皆が快斗の方に行ったの確認して、青子は立ち上がる。
「甘えるって言ってもよ……青子、何かあったか?」
「え?」
「いや、なんか……こら、オレはいじめてねーの。つつくな引っ張るな」
 服引っ張ってみたり髪引っ張ってみたり耳つついたり。青子が落ち込んでたの快斗のせいだと思ってるのかな。違うよ、青子が勝手に落ち込んだだけだから大丈夫。
「快斗がいないこと多いから、みんな心配してくれてるだけだよ。大丈夫、何もないよ」
「何かあったら言えよ。どーでもいい事でもいいから」
「なんかって言うか……お客さんがたくさん来たよ。名刺とかも預かってるから渡すね」
 菓子折も貰った。スーツ着てる人とかも来たよ、と思い出しつつ伝える。
「え、そんなに客が来てたのかよ。悪い……ほら、止まり木のとこいけ」
 快斗に甘え終わったみたいで鳩さんたちは止まり木に移る。一羽一羽お行儀よく。みんなが移動し終わったの確認して、青子は快斗にぽんと抱き着いた。
「すごく鳩のにおいがする」
「そりゃオメーもオレも鳩まみれだったからな」
 つんと鼻の奥に生き物のにおい。背中には暖かい快斗の手。変に凝り固まってた重い塊が溶けていく。ほら、なんでもない。
「どーしたよ。何かあったか?」
「……ううん、大丈夫。青子が勝手に落ち込んでただけ」
「なんにだよ」
「ないしょ」
 快斗の声が暖かい。それだけでカチカチになってた気持ちもほわほわになるから、もう大丈夫。
 抱き着いた心地よさを味わってたら、鳩さんが青子の頭に乗っかった。
 
 + + +
 
 ぴんぽーんと呑気なインターホンの音。
 手を離せない快斗に言われて青子がご対応。玄関の扉を開けると小学生低学年かな? 男の子が玄関あけたらちょこんと立っていた。
「黒羽快斗さんいますか」
「ちょっと待ってくれる? いま手が離せなくて、もう少ししたらこれるから」
 はい、と頷く男の子。青子の方じっと見てて……な、何か変かな。あまりに純粋な瞳におどおどしてしまう。
「お姉さんは、快斗お兄さんのお嫁さんですか」
 一瞬、息止まったと思う。
「えっ、あの」
 なれたらいいなとは思うけど今はまだ違ってて、大体快斗はそう思ってるかどうかなんて判らないし……って違う。今ありのままを言えばいいの。
「そーです、お嫁さんですよー」
「快斗!」
 ひょいっと青子の後ろから顔を出す。快斗を見つけて男の子はとても嬉しそう。
「快斗お兄さん! この間は来てくれてありがとうございました」
「どーいたしまして。うまくいった?」
「はい、上手に出来ました。皆も喜んでくれて」
「そっか、よかったな」
「はい」
 二人だけでぐいぐい話は進む。いい話だったみたいで二人がにこにこしてるから青子もにこにこしてしまった。にこにこしてる青子が気になったのか、こちらに向き直って説明してくれる。
「えっと、この間、快斗お兄さんにマジック教えてもらいました。それをお遊戯会でショーしたんです。みんな、たくさん見てくれて。だからご報告に上がりました」
「そっか!」
 快斗がボランティアで行ってる子供館の子かな。言葉遣いがちょっと大人びててとても丁寧。ごあいさつ回り用に覚えたのかな。
「それで、また教えに来てください。お嫁さんも一緒に」
 かわいい~とほっぺたゆるゆるしてたら突然の単語に目を見開いてしまった。ううん、突然じゃない。さっきも言われた。にこにこにつられて頭の隅に追いやってたけど確実に言われてた。
「快斗お兄さん、お嫁さんの話たくさんするからみんなも会いたいって言ってて。でもみんなでお家に行くのはご迷惑かなと思ってご遠慮したんですけど。こども館にきてくれるのは大歓迎なので」
 一生懸命話してくれてすっごくかわいいんだけど。だけど。
 お嫁さん……お嫁さんて青子の事? 青子の方向いてそう言ってるし。快斗に確認しようにもすっごい笑顔のポーカーフェイスで、ポーカーフェイス過ぎない!?
 わくわくと言った風に返事を待ってる男の子に、待たせてはいけないと必死に言葉を絞り出す。
「え、えと。都合つけて行かせてもらうね」
「ありがとうございます! まってます!」
 純粋過ぎる笑顔に負けてしまう。この年齢の時、青子こんなに純粋だったかな。
 男の子はお邪魔しましたとお辞儀をして扉が閉まる。そう言えば名前聞かなかった。今度聞こう。
 その前に。
「……快斗、子供たちに青子の何を話したの」
 青子の後ろで嬉しそうにしてる快斗に振りかえる。ほんっと嬉しそうにしてる。
 快斗が青子の話をあの子にしていたのは間違いなくて。どんな話をしたのかしっかり教えてもらわない限り、子供館お呼ばれしたけど行く訳にはいかない。
「べっつにー? いつも通り」
「いつも通りって何よ! お、お嫁さんって、なんで……」
 何か問題でも? と何でもない顔して快斗が言う。だってまだ学生で、自分だけで生きていくの難しい年齢で。でもいつかそうなったらいいなあとかは思ってて。でも、でも。
 青子の頬に快斗の手が触れる。
「オレはそのつもりでずっといるんだけど?」
 言葉にならない気持ちを何とか伝えようとするけど、ふにゃふにゃするだけで何も言えなくて。そうしたら、
「いつか、きちんというから待ってて」
「……うん」
 期待しててもいいんだろうか。青子は、隣にいてもいいんだろうか。
 青子は隣にいたいな。
 
 + + +
 
「この間、黒羽さんのお家に行ったんですけどいなかったので……」
「家政婦さんに言伝だけしたんですけど」
 一人で話せるはずの内容をわざわざ二人で分けて話す。それだけでちょっと厄介だなと思う。
 肩の鳩も不機嫌そうに鳴く。
「家政婦さん?」
「はい、女の方に」
 脳内に引っかかるのはこの間の青子の態度。はぐらかされたけど、もしかして。
 特徴を聞いていくとやっぱり間違いない。家政婦などいないし、母さんはまだ日本に帰ってきていない。だとしたら思い当たるのはただ一人。留守を全部、飼っている動物の事を含めて任せられる幼馴染。ここはしっかり否定しておかないと後々困る。
「ああ、家政婦さんじゃないよ。オレの彼女」
「彼女いたんですか!?」
「いるよ」
 派手に言いふらしとけばよかった。そうしとけば青子に嫌な思いをさせなかった。
 最初は子供たちと壮年の施設職員しかいなかったから気にされることもなく。途中から子供たちの姉やら何やらが手伝いに入り始めてからややこしくなり。人手が増えるのはいいんだけどな。
「彼女?」
 この集まりの中でまとめ役の男子児童がオレに話しかけてきた。まわりには年少年中の子供達が囲んでる。しゃがんで視線を合わせた。
「そう、お付き合いしてる人」
「お嫁さんにするんですか?」
「する」
 する。絶対する。知らず力が入ってたみたいで子供達からわぁーっと声が上がる。
「お嫁さんどんなひとですか? かわいい? きれい?」
「お料理できる?」
「どんな人?」
「かわいい。近頃は綺麗にもなってきた。料理はめちゃくちゃ上手ってわけじゃないけどオレは好き。こっちの方がよかったって言ったら次作る時には直って来る。いない間家の事してくれてて、掃除は細かいところまでしっかりするし整理整頓上手。こいつらは多分オレより青子の方が好き」
 オレの両方の肩に止まってる白い鳩。最近は餌も掃除も青子がすること多いから、姿を見かけるとオレを差し置いて寄って行く。
「鳩たちもお嫁さん好きなんだ」
「そうだよ、大好きだよなオメーら」
 くるくる返事するかのように鳴く鳩にそうなんだねーと子供たちが囲んでいく。
「お嫁さん、何でお嫁さんにしないの?」
 鋭いとこつくよな、子供ってのは。するだけなら今すぐでも全然問題ないというか問題ない。だけど、
「もうちょっと、稼ぎが増えてから」
「稼ぎって何?」
「お金」
 稼ぎはゼロってわけじゃない。時々はマジシャンの仕事もしてる。株式投資で利益も出てる。親父の遺産に頼らずとも大学の学費くらいは何とかなってる。母さんは『全部出すわよー?』と言っては来るけど、なんとなく、なんとなく。相手が母さんのせいじゃない。きっと違う。
 青子に不自由はさせたくない。警部や碧子さんの職場での立場とか……子供が学生結婚とかして印象悪くなっても困るし。オレんとこはどうでもいいけど、警部や碧子さんの職業はそう言ったのすら出世に影響する。考え込んでると子供たちにめちゃくちゃ見つめられてた。
 一呼吸おいて答える。
「お金が全てじゃないけど、全ての一端にはお金がいるからな。そのためにはしっかり勉強してないとチャンス逃してしまうからオメーらもしっかりやれよ」
 神妙な顔で頷く子供達。勉強なんてほっといても何とかなる筈なんだけど、追いつかないならするしかない。
 と、「そろそろ練習始めましょうか?」施設担当者の声。
 お遊戯会のマジックの練習のため呼ばれてるんだから、そろそろ本分に戻るかな。
 肩の鳩がやるぞと言わんばかりに羽根を開いた。