お月見リバイバル~ある夜の話・2~

 今日も今日とてお隣の幼馴染は月下の奇術師としてのお仕事にお出かけ。折角の十五夜……中秋の名月だっていうのに。青子の部屋にある大きめの窓を開けて、その先にあるベランダへ。レジャーマットを敷いて、お月見用に準備してきた諸々を並べ、手すりへと手を伸ばす。見上げると白い月。
 先程まではキッドのテレビ中継を見ていた。どうして物を取るさまを中継などするのか。視聴率いいのかな、予告時間分かってるからCMもいれやすいのかな、等とふんわり思う。快斗がケガしてたらどうしようとか、失敗したりしたらどうしようとかそんな事が気になってしまいつい見てしまう。調子に乗って必ず失敗はするけど、同じ位すぐにリカバリーしてやり過ごしてくるから心配なんてしなくていい。分かってはいる。気を付けてよねって言ったところで、分かってると返されるだけ。だけど気になるのだからしょうがない。今日も上手に宝石を手に入れて飛び去って行くのを映像で見た。去り際に相も変わらず気障に台詞を落として言ったせいで観客の女の人たちが黄色い声を上げていた。誰にでも投げかける、奇術師としての言葉。言われて喜ぶ彼女たちの気持ちはわからない。
 白い月。たくさん作ったおだんご。別にこんなに作るつもりはなかった。だって今日はキッドの予告日で父はいない。幼馴染もいない。母も仕事で帰ってこない。食べるのは青子一人。
 おだんごを一つ口にほおりこみ、ベランダにことんと横たわる。このままここで寝てしまおうか。少し肌寒くなってきたとはいえ、ブランケット一枚で凌げそうだ。そう決めると少し楽しくなってきた。水筒には暖かい飲み物を入れてきている。水分対策もばっちり。
「この時期のお星さまって何があったっけ」
 寝転がったまま空を見上げる。街の明かりに照らされながらも夜の闇はしっかりと重い。
「お月様大きい~真ん丸~明るい……まぶしい~」
 不意に月の光が陰ってまぶしさが消える。それは、白い人影が隠したから。
「今日も月が綺麗ですね」
 どこかで聞いた言葉。普段より少しだけ声が低い。
「快斗……お仕事終わったの?」
 先程迄テレビの向こう側にいた人物がそこにいた。
「終わったよ。何してんだ、オメーは」
「何って、お月見」
「こんなとこに寝転がってか」
「そのまま寝ちゃってもいいかなって」
「なにいってんだ」
 ベランダに寝転がっている青子に、呆れた視線を白い怪盗の恰好をした幼馴染が落してくる。
「ほら、お帽子除けて快斗も横になるといいよ。月、すっごくよく見えるの。青子の隣あいてるよ。で、ね。こう転がりながらお団子食べるの」
 ずりずりと体を動かして、青子の隣に場所を作る。狭いかな。
「のどに詰まるだろ。食いもん食べる時はおきてろよ」
「べつにいーじゃない。たまには。なんでそんなとこに座ったままなの。はい、ころんってして」
 隣の隙間をぽんぽんって叩いて、あいてるよの合図。でも快斗はベランダの手すりに腰かけたまま。んもう。
「快斗、何でその格好のまま帰ってきたの? ばれないようにうちの近くではこの格好しないって言ってたのに」
「オメーがそんなとこに転がってるのが見えたからな」
「青子がここに転がっててもいいじゃない。お家だし」
「普通はベランダに寝転がったりしないんだよ」
「レジャーシートひいてるもん」
「夜のベランダとかな、泥棒とか来たりするかもしれないだろ」
「快斗の事? だったら別にいいじゃない。快斗なんだから」
 も~一寸警戒心をだな……とかぶつくさ言ってるけど。結局来るのは快斗なんじゃない。快斗に何を警戒しろって言うの。色々呻いてたけど最後にははいはいって投げやりな言葉と一緒に片腕を枕にしてそっぽ向いて寝転がった。ふふん、青子の勝ちね!
「ね、お月様すごく大きいし綺麗。さすが十五夜。星もすっごくしっかりキラキラしてていい空」
「そうだな」
「今の季節だとな」
 いつの間にか白い手袋は外してモノクルは除けて帽子は横に転がって。白い服装はそのままだけど、いつもの快斗になってた。
「まあ、大体月がこの辺りで帰るのに目印でちょうどいいんだよ」
 指さすのはまあるい、月。
「快斗、別にこの季節じゃなくてもこっちに飛んでくるじゃない」
 青子は起き上がって快斗の傍に転がってたシルクハットを引っ張る。鳩が出てくる時のようにくるんとひっくり返してその上にお団子のお皿を置いた。とてもジャストフィット。ため息つきつつ快斗も同じように起き上がり、お皿の上のそれを幾つかまとめて取ってそのまま口の中に放り込んだ。
「喉詰まらない?」
「ひゃいじょーぶ」
「はい、お茶……もしかしてご飯食べてないの?」
 予告時間何時だっけ。学校終わるまでは一緒にいたから、それからだとそんなに時間がなかった気がする。
「食べてねーな。食う時間無かったから移動しながらパンと牛乳で済ませた」
「早く言いなさいよね! 夕飯位準備しといたのに。今からご飯炊いたって時間かかるじゃない!」
「これでいい」
 そうしてまたお団子をぽいぽいと口にほおりこむ。あんなにあったお団子はもう影も形もない。
「食べ盛りだね」
「育ち盛りだろ」
 ごちそうさまでした、と手を合わせてる。こういうとこは律儀。
「ほら、お月見終わったぞ。部屋戻れ」
「なによ~追い出すみたいに。ここ青子の家なんだからね」
「だから戻るんだろ。ほれほれ」
 からからと部屋に続く窓ガラスが開いて、青子は押し込まれる。
「快斗はどうするの」
「家帰る。今日はもう店じまい」
「『月が綺麗ですね』って言わないの? さっきの中継では言ってた」
「ば……っ!」
 去り際にそう囁いていたのだ。いつものあの口調で。それで彼女達は騒いでた。レポーターさんもきゃっきゃしてた。
 『月が綺麗ですね』が何を意味するのかくらい、青子だって知っている。キッドだからそういうパフォーマンスで囁いたんだろうなってことくらいわかる。快斗だったら月が大きいね、団子みてーじゃん、色気より食い気かよって。そんなやり取りが精一杯。
「……言って欲しいのかよ」
「ううん、別にいい」
「いーのか」
 なんで落ち込んだ声出すの。
「うん。さっき帰る時は言ってたから、今日の帰る時のセリフはそれにしたのかなって思って」
「んなわけねーだろ。そんな台詞毎回考えてねーよ」
「考えてないんだ」
「いつもアドリブ」
 つまんなそうに言葉を返される。キッドの事を好きな幼馴染だったら快斗は明るく答えてくれた? でも残念ながら、お父さんも快斗も盗っていってしまうキッドを青子は好きにはなれない。
「明日の朝ごはんはね、フレンチトーストかなって思って準備した」
「また朝から手が込んだものを。遅刻するんじゃねーの」
 ほら、といつの間にかたたまれたレジャーシートと空になったお皿が渡される。
「青子、お寝坊さんじゃないから間に合うのよ。遅れるのは快斗。ちゃんとアラームかけて寝て。ちゃんと起きて」
 こんな風にお小言はいつまで言っていいんだろう。青子はずっと言っていたい。
「おう、また行く」
 めんどくさそうにしつつも、ちゃんと来てくれるのはいつまでなんだろう。
「うん、ちゃんと来てね」
「行くに決まってるだろ」
 明日の約束。欲しかったもの。良かった。もらえた。自然と笑ってしまった。いけないいけない。からかわれてしまう。
「寝過ごさねーから安心しろ」
 白い影は気付いたら手すりの上に移動してて。ついうっかり笑ってしまったのは気付かれなかったみたい。一安心。
「うん。でも学校で寝るんでしょ」
「あたりめーだろ。眠いんだよ、授業」
いつもの言葉に、いつもの言葉が返った。
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■ ■ ■
 「つまらない」を全開にしていた態度と言葉から一転。やわらかく表情が崩れたから、思わず自分まで同じように崩れてしまいそうで、慌ててベランダの手すりに移動し、自分の家の方を見る。あっぶねー、ばれたら揶揄われるところだった。不意うち食らうとそ知らぬふりもできやしねえ。
 何故かキッドとして出かけた日の夜はベランダでうろうろしている事が多くなった青子。見つけたらキッドのまま帰ってこずに、途中でさっさと黒羽快斗に戻ってベランダに跳ね上がればいい。だがついうっかりそのまま戻ってしまう。自分の視覚に入ったらも理論よりも感情が優先になるのは考え物だ。
 個人的には夜は寝ていて欲しい。どこにも出かけるなうろうろするな危ない何が起こるかわからない。防犯はしっかりしてほしい。快斗が来るだけでしょ、じゃねえ。オレも危ないうちに入れろ。人畜無害みたいな言い方しやがって。
 ベランダから屋根に一旦飛びあがり、樹木に紛れ飛び降りる。白から黒い服装に変わると同時に地面に足がつく。飛び降りてきた先を見やると、ちょうど明かりが消えるところだった。ほう、と一つ息を吐く。
「月が綺麗ですね、か」
 テレビ中継されていたのは知っていたが、そんなとこまで音は拾われていたのか。十五夜だしな、青子が月見団子作るとか言ってたな、と不意に思い出したら口を突いて出ていただけだ。そう思わせた当の本人は言って欲しかったわけではないという。なら、キッドで言えるなら快斗も言えるでしょ言ってみなさいよ、な軽口の部類だろう。
「そりゃそうか」
 一人ごちる。期待したところで何もありはしない。こちらの心音が激しくなったりそうでなかったりするだけだ。
 自宅に向かって足を踏み出そうとすると尻ポケットに入れていたスマホが反応した。確認すると新着が二件。諸所の残った後始末を任せていた寺井ちゃんからのメッセージ。そして青子からのメッセージ。
『さっさと帰って寝なさいよね! 寝過ごしたら快斗のフレンチトースト、青子が食べちゃうから』
 部屋の明かりが消えたから寝たのかと思ったら、こんなの打ってたのかよ。
 こうやって気にかけてくれるのが心地よいのは、きっと自分だけだなんて思いつつ。
『分かってるよ。また明日な』
 そこまで入力して指が止まる。なんか今更か? いやでもな? 『月が綺麗ですね』って言う方が簡単じゃね? ただの挨拶だ挨拶! 手早く数文字入力して送信する。

『分かってるよ。また明日な。おやすみ。』