ムーンストーンプラスチック

 バイト先の人たちの……宅飲みっていうのかな、これは。誰だったかのアパートに性別かまわず乗り込んで飲みまくってる。ビールやチューハイの缶が転がって。おつまみも食べ物も材料だけあって食べれる状態にはなってないから青子が台所かりて作ることになってしまった。他に作れる人は寄った先輩方に絡まれてて……セクハラじゃないの、それ……そちらに比べれば作ってる方がいいなと思ったのに。
 バイトの知り合いでもない男の人、誰かの友達なのかな。すり寄ってくる。ちょっとやだ。
 
「わたし、魚料理あまり作らないからちょっと苦手で」
 さっきから青子にべったりですごく近くて。料理するのに邪魔だからどいて欲しい。
 
「そうなの? 手際良いけど」
 
『あーおーこー、腹減った~……まだ~?』
『もーくっつかないでよ、油飛んでも知らないんだから!』
 ――邪魔はしてきたけど、火とか使う時はちゃんと離れてくれたし。くっつかれるの嫌いじゃなかった。
 
「苦手な人がいたから」
 ――誰の話?
 
『だーかーらー! なんで魚にしたんだよ!』
『栄養バランス考えてるの! 形が嫌いって言うから折角ほぐしたのに!』
 
「お父さんとか?」
「父じゃなくて」
 
『おさかな苦手な……のために、青子がちゃんと献立考えてあげたんでしょ』
 ――気絶するくらい苦手なくせに、作ったら残さず食べてくれた。水族館にも一緒に行ってくれた。
 
「あのさ、名前なんて言うの? おれ……」
「怪盗キッド」
 TVから聞こえた単語につかれて呟く。心音が早くなる。知ってる名前。大切な、名前。
 
『三つ数えたら、オレの事全部忘れる。いいな?』
『やだよ。そんなの。どうして? 青子は快斗の事忘れたくない!』
 
「え? ああ、予告日だったんだね」
「……いと」
 
『忘れた方がいいんだよ。オレは青子を危ない目に合わせたくない』
『青子は快斗が危ない所に行く方がやだ』
 
「かいと」
 ――白い怪盗。
 ――大切な幼馴染。大好きだって気付いた瞬間、いなくなった。
 ――いつまでも灯りの付かない隣の家。
 ――ずっと空いたままだった青子の席の隣。
 ――部屋にたくさんあった青い薔薇の花びら。
 ――たくさんのリボン、紙吹雪の端っこ、白い羽。
 ――青子にだけしてくれた、たくさんのマジック。
 
「快斗」
 ――わすれたりしない。
 
 
 くっついてきてた男の人を突き飛ばして、出来上がった料理を机の上に殴るように置く。
「これ、おつまみ出来たんで食べて下さい。それじゃ、わたし帰りますね。お疲れ様でした!」
 
 荷物持って部屋から飛び出す。
 誰かが何か言ってるけど気に留める暇はない。
 急がないと。
大切な、大好きな、ずっと一緒にいたい人。 
 忘れない。思い出す。忘れたりしない。
 
 
『青子は青子なんだから、青子って言ってたらいいじゃん』
 ――そうよ、青子は青子なんだから。
 
 
 ビルの外階段を駆け上る。白い影を求めて。息が切れる。はやく辿り着かないと。
 カンカンカンという無機質な音が空に響く。
 はやく、はやく! 辿り着かないといなくなってしまう。
 最後の一段を上って、屋上への扉を開く。
 
「快斗!」
 
 白い大きな布が月を隠した。
 暗い夜空の中、立っている人がいる。見えるのは輪郭だけ。ゆっくりと振り向いた。
 
 
「青子、思い出したよ。だから」
『絶対思い出すから。忘れないから。だから、覚えてたら、忘れなかったら』
 
 
「しゃーねえなあ……」
 ずっと聞いていた、その声。大好きな、優しい声。
 
「青子も連れて行って」
 
 白い影に向かって青子は手を伸ばす。
 伸ばした手は、白を脱いだ彼が受け取ってくれた。
 
 もう離すことはなく。