ある夜の話

「こんな遅い時間まで何してるのよ」
「お嬢さんこそこんな時間に外に出てどうされたんです? 夜風は体によくありませんよ」

 怪盗としてのいつもの口調と共に部屋のベランダ降り立った白い怪盗。青子は不満でしかなかったので不満で不服な顔をした。

 基本的に快斗は怪盗の装いをしている時は青子に接さない。青子も接さないようにしている。
 お仕事の邪魔をして、快斗に何かあったら嫌だ。逆もしかりで、色々間違えられて巻き込まれてしまったこともあったらしい。東都ツリーの時とか。正直青子は何も覚えていないので巻き込んでしまったと言われても、そうなの? と返すしかない。
 快斗的にはかなり不本意だったらしいけど、青子的には、助けてくれたんだ有難うだったので素直にそう言ったら要領を得ない答えが返ってきてなんでだろうと思ったりした。

 快斗は白い姿で家の近くまで戻る事は殆どない。グライダーから降りるのは一駅二駅離れた場所で。そこから歩いてだったり電車だったり。夜にそんなことしてよく補導されないなって思う。なのに今日は何故か自宅近くまで白い恰好のまま戻ってきていた。何かあったのかな。 

「どうされたんです?」
と他人行儀な怪盗の言葉で聞かれて、不満感が倍増する。なんで青子にそんな話し方するの。
 月は明るくて、それを背後に持つ彼の表情はよく見えなくて。手すりの上に立つ彼は高くて遠くて。不満と同時に不安も湧き出る。

 返事をしない青子にしびれを切らしたのか、一つ息を吐くと手すりの上にしゃがみ込み「どーしたんだよ」と改めて聞かれた。
 視線の位置より下になった白いマントの裾を青子は両手で握る。顔が近くなり、やっと彼が見えると少しだけ頬が緩む。よかった。今日も大丈夫だった。

「目がさえちゃって、寝れないからふらふらしてた」

 寝れないのは本当だけど、理由はちょっと違ってた。ちょっと心配だったから、快斗が。
 お仕事で宝石盗って、違ったら返して。言葉にしたら簡単だけど、実際はそんなことはない。邪魔してくるのはよく判んない組織の人たちとか警察とか探偵とかたくさんいる。なのに快斗の方は快斗と寺井さんだけ。銃撃戦だとかいろいろあるのに、怪我したりとかあってもおかしくない。
 大丈夫かなって部屋のカーテンの隙間から快斗のお家の方見て、帰ってきた気配を感じたらベッドに入るって言うのを繰り返してた。今日はたまたま、少しだけ、月が綺麗だったから見ようかなと思ってベランダに出てうろうろしてたら白い怪盗がやってきた。

「ふらふらって夜だぞ。そんなうすっぺたい格好でベランダうろうろするんじゃねーよ」
「ちょっと寒いだけだもん」
「寒いんじゃねーか」
 季節は秋に入り始めた。薄手のパジャマでは少し肌寒い。

「これ借りるから大丈夫」
 ぐい、と青子の目の前にある白い布を引っ張ると、快斗もついてきた。

「借りるって、オメーはよー…」
「肩のとこ外してよ。外れるんでしょ、それ」
「はいはい」

 ぱちん、と留め金が外れる音がすると白い布の端がベランダの床に落ちた。青子はそれをくるっと背中に回して自分の体を覆った。

「ほら、あったかい」
「オレは寒いんですけど?」
「快斗も入ればいいじゃない」
「……むちゃゆーな」

 顔をそむける快斗がいつもの快斗で、少しだけ安心する。幼馴染なのだ。どんなに紳士的な怪盗を演じていても大切な幼馴染。よかった。

「ねえ、なんでそんな言葉遣いしてるの? いつも通りじゃダメなの?」

 怪盗キッド。月下の奇術師。主に月の下でしか働かない泥棒さん。なにかの印象付けなんだろうか、と思った事がある。自分ではありませんよって言う。

「怪盗である時はこうであるべきなんですよ」
 芝居がかった答え。どこかで聞いた事のある抑揚にふと気づく。

「おじさま?」

 快斗は二代目のキッドであって、初代はおじさま…快斗のお父さん、黒羽盗一。快斗のお父さんが亡くなったから、そのあとを継いだのが快斗。青子のお父さんが追っていたのは初代。

「これは親父のものだから、その形は残しておかなくちゃいけねーんだよ」

 快斗のお父さんの忘れ形見みたいなものだろうか。今いる人たちにとっては快斗がキッドだと思うんだけど。でも、二代目に変わったと気づいたのはよく判らない組織だけで。誰も気づいていなかった。隠してあったのだから当たり前と言えば当たり前。でも、じゃあ、皆にとって快斗はなんなんだろう。

「キッドだと丁寧なんだけど…なんだかその言葉遣いで話されると気恥ずかしいよ。ん~……でも、女の人を口説いてるの見てる時はそうは思わないんだよね」
「はあ?」
凄く納得できないと言わんばかりの声色。

「え、口説いてるんじゃないの? 女の人好きでしょ?」
「口説いてねーよ」
 あれを口説いてないというなら、何を口説いてるというのか。快斗の基準が判らない。

「あれは、キッドだから」
「だから?」
「パフォーマンスというか、嗜みというか」
「嗜みで口説くんだ」
「違うって―の。本気じゃないの!」

 あーでもないこーでもないと必死に快斗が説明してくる。

「……リップサービス?」
「口は上手だよね」
「親父ほど上手じゃねーな」
 お喋り上手だと思うけどな、快斗。上手に嘘つくじゃない。煙に巻いてくじゃない。でも、
「誰にでも言ってると本気で好きな人に勘違いされちゃうよ」
「かもな」

 はははって乾いた笑い。もしかしてもう勘違いされた後なんだろうか。でも怪盗のお仕事だったらしなくちゃいけないし、よく考えたらちょっと不憫だったりする?

「どうした?」
「別に」
 急に沈黙が訪れたせいか快斗が聞いてくる。どうもしない。なんだか気持ちがぐるぐるするだけ。なんてことない。

「ほら、時間遅い。お子様は寝る時間だろ」
 ため息一つつかれて、どうしてかはわからないけど少し寂しくて。
「なによー自分ばっかり大人のふりしちゃって」
「おめーに比べたら十分大人だよ」

 オレが子供ならオメーは赤んぼだろ、と何度言われたことか。そうかもしれない。言いたい事も聞きたい事もある。なのに上手く言葉にならなくて尋ねる事すらできない。聞かないと答えてくれない。聞いても答えてくれない。

「さ、マント返せ。部屋に戻って寝ろ」
「快斗はどうするの」
「家に帰るよ。もうちょっと離れた所でうろっとしてから」
「なんで今日はここまで来たの」
「オメーがベランダでうろうろしてるのが見えたからだ。あぶねーだろ」
「よく見えたね」
「オレは目がいいの」
「よく青子見つけれるなって」
「オメーは目立つんだよ」
「青子普通だもん」
「でも分かるんだって」

 なんだかよく判らないことを快斗は言う。青子は普通の人間だ。目立つ事の何かをできるわけじゃない。なのに快斗は目立つという。

「オレには目立ってるの」
「なんでよ」
「なんでもいいから、さっさと部屋入って寝ろ」

 意味が分からない。むくむくとむくれたらまたため息つかれた。もう、何よ。

「明日も学校。このままだと遅刻するだろ」
「遅刻間際なのは快斗だけですー青子はちゃんと起きれるもん」
「はいはいそうですか。じゃあ寝ましょうね~」
 子供をあやすような快斗にむーって頬を膨らませた。

「快斗も寝るのね?」
「帰ったら寝るよ。オメーが寝ないと帰れねーだろ」
「寝るまでいてくれるの?」
「いた方がいいのかよ」

 揶揄うように快斗が言う。いて欲しいと言ったらいてくれるんだろうか。お父さんだって、お仕事行かないでと言ってもごめんなって言いながら出かけていってたのに。子供の頃の話で、今は言った事もないけど。

「ベッドに入るまでだったらここにいてやるよ。ほら、入った入った」
 しゃーねえなー、と言いながら快斗はベランダの手すりから床に降りる。身軽だ。からからと部屋へと続く扉が開けられ、入るよう促される。部屋に入ると、外とは違い風もなく暖かい。体に巻き付けていたマントを外し、幼馴染に渡す。名残惜しい。

「朝ごはん、作るから来てよね」
「おう」
 明日の約束。わざわざしなくてもいつも来るけど、今はしておきたかった。
「遅れたら許さないんだから」
 遅れねーよ、とよく知ってる笑い顔。大丈夫かな。ちゃんと、会える? 遅れたりはするけど、約束はいつも守ってくれるから。それだけはよく知ってるから。
「おやすみ、快斗。また明日ね」
 ベッドに体を沈ませ、布団で覆う。おやすみ、と同じように幼馴染の声が聞こえたと思ったらベランダへのガラス戸が閉まる。月明かりに照らされた細長い影がふわっと膨らむと同時に遠くへ消えて行った。


 +  +  + 

「たっだいまー、っと」

 誰もいない家に帰宅。玄関の灯は付けないまま。自身の部屋まで戻ると隠し扉の奥へと向かう。そこで怪盗の衣装を取り出した。ふわっと漂う普段と違う香りに注意をやる。煙玉でなく、自身の汗でなく、現場での匂いではなくて。これは。気付く。間違いない、けど。鼻先を布に近づけ確認する。
 青子が少しの間だけこのマントを付けていた。それだけでそんなに残るものだろうか、その、匂いが。

「匂いは大概揮発性物質だからな。今だけだ、多分」

 言い聞かせるように口に出す。
 しみついた匂いは致命的だ。足跡を辿られかねない。分かってはいる。このまま残しておいてはいけないこと位。

「明日でいいか」

 答えを引き延ばしたとて結果は決まっているのだが、今日一日くらい匂いを付けたままで置いてもいいだろう。
 椅子の上に大きな白い布を投げ出す。明日は遅れるわけにはいかないのだ。青子と約束をした。だから、この布の件については後日にしよう。そうしよう。とにかく寝よう。自分をリセットしよう。夜考えてもうまくいかない。そう決めると隠し扉から自分の部屋に戻り、ベッドの上に体を投げ込んだ。