氷、とける

「ねっ、快斗。じゃがいも買いに行こ!」

 満面の笑みをこちらに向けてくる幼馴染に毒気を抜かれて、どうしてという疑問を投げかけることもなく「おう」と肯定の返事をしてしまった。
 近頃忙しくあまり話していない両親を二人っきりにさせたいからお出かけしようと誘われ、警部の入院する病院から出てきたのがつい先程。足取りも軽くスキップ等してオレの周りをうろうろしている。警部の無事が嬉しいのか、夫婦二人を二人きりにできたのが嬉しいのか、出かけるのが嬉しいのか。気を付けてないと転びそうだな、これは。

「前に買ってきてくれたのはどういう所で買ったの?」
「前って」
「快斗が一人で北海道旅行行った時よ。スーパー? 道の駅? 八百屋さん?」
 シンガポールからの帰りに北海道駆けこんだ時か。お土産はじゃがいもがいいと青子が言うので買いに行った。滞在時間数時間。じっくり選ぶ余裕もなく目についたものを一通り買った。

「あ~……スーパーと、道の駅も行って。目につくところ全部何となく」
「何となくで入ってもあんなにおいしいじゃがいもあるんだね」
 東京とは土壌が違うのかな、と呟く青子にそうだな、と返した。

■■■

「オメー、何でその格好のまんまなんだ。コートどうした」

 青子の恰好はオレンジ色の七分袖ニットとチャコールブラウンのスカート。羽織るものは何もなく。建物の中でなら兎も角、春先の北海道を歩く服装ではない。

「お父さんの病室に忘れてきちゃった」
 えへへ~と屈託なく笑う。いや、愛想笑いしても寒いのには変わりないだろ。
「忘れてきたって……ここ北海道。冬の東京と似たり寄ったり」
「そりゃそうだけど、どこかでコート買って…わぷっ」
 取り合えず自分が着ていたジャケットを青子にかぶせる。
「着てろ。風邪ひく」

 ここで青子が風邪でも引いたら警部が落ち込むこと間違いない。幼馴染はかぶせたジャケットの中でもごもごと動き、なんとか頭を出してくる。そこには不服そうな顔。

「これ快斗のでしょ。快斗が風邪ひいちゃうじゃない。寒がりのくせに」
「オレはい~の。どこかでなんとかする。ほら、ちゃんと着ろ」
「だから青子が買うからいいのよ」
 文句を言いつつもジャケットに袖を通した。これで青子は大丈夫。
「コート調達するまで寒いだろ」
「大丈夫だもん。風の子だし」
「子供かよ」
 風が吹かなければそれほどでもないが、結構寒い。寒さ対策してきててこれか。オレは絶対北海道には住まない。
「ほら、快斗。寒がりのくせにそんな恰好しちゃってるから」
 しょうがないな、と青子はするりとオレの片腕にしがみつく。
「うるせーな、建物の中にはいっちまったらそんな寒くないんだよ。そんなにくっつくな」
「くっついてる方があったかいでしょ。おしくらまんじゅうみたいで」
「あったかいっていうより動きにくい」
動きにくいというか腕にくっつく感触が気になる。気を取られて困る。
「別にいいじゃない。快斗寒いんでしょ」

 青子はなにも気にしていないだろう顔で軽口を叩く。気にするのがこっちだけというのがなんだか気に食わない。気に食わないが腕を振り払うのも出来ない。

「オメーがコート忘れてくるからだろ」
「青子はこのままでも別にいいんだけど。そんなに寒くないし」
「オレのジャケット着てるんだから当たり前」
「さ、早く快斗のジャケット調達しよ」
「違うだろ。調達するのはアホ子のコート」
「そうだった。別に青子、これでもいいんだけど」
 ひらひらと指先しか出ていない袖を振る。いや、だから。

「それはオレのジャケット」
「じゃあ、快斗に青子のコート選ばせてあげるよ」
 春色のスプリングコートとかちょっと欲しいかな~と言い出した。
「何言ってんだオメーは」
「なによ、選びたくないの」
 はっきりいいなさいよ、と腕がぐいぐい引っ張られる。
「はいはい。選ばせて頂きますよ」
 ため息つきつつのオレの言葉に、青子は満足そうに頷いた。