「オメー……! なんで飲み込んだんだ!?」
あろうことか目の前にいる幼馴染は快斗が回収しようとした薬のカプセルをぽいっとその口にほおり込み飲み込んだのだ。何故飲み込んだのか理由はさっぱり。もう不要のはずだ。そんな感情と調べた範囲での薬の作用時間やらが頭をめぐる。
「せっかくだし」
「何が折角だしだ! ほら吐き出せ」
ぽんぽんと背中を叩いてみる。その程度では出るわけもなく。しょうがなく口の中に指を突っ込もうとするが、細い指でその口元を覆い明らかに拒否られた。
「……無理」
いやです、と見上げる強い視線に快斗が折れるしかない。元々勝てるわけがない。
「取り合えず家まで帰るぞ」
夜風は気持ちいいがここにいたってしょうがない。落ち着く場所に戻るのが先決。
「家ってどっちの」
「どっちって」
「快斗の家? 青子の家? 青子の家は今日は青子だけだよ」
どちらの家だろうと状況は変わらない。両親不在の子供二人だけ、と気付いてやましい考えを振り切るように「とにかく帰る」と宣言した。
++++++++++
グライダーを広げ、青子を抱え、飛び出した先は夜闇。目印は白い円。大きな月。今日の獲物の宝石は幼馴染に会う前にすでに確認を済ませ、警部に向けて投げて返した。青子を抱えて夜空を飛んでいる状況を考えたら、早めに返しておいてよかったと思う。
「なんで飲みこんだんだよ、オメーはよ」
視線は進行方向に向けたまま問う。
「だって……あれ飲んだら、少しは女っぽく見えるのかなって。青子、胸とかないし普通に高校生だから。色っぽかったら……一応女の子だし、少しは、見れるかなって。男の子じゃないもん」
以前「胸がない」だの「男みたい」とか言ったのを気にしていたのか。いまにして思えば、それは自分が悪いなと自省する。子供過ぎる。だからと言ってこの薬を飲んでも何もならない筈で。
「そういう薬じゃないからな。大体色っぽかろうかどうでもいい相手は素通りだろ普通」
「女の人より取り見取りだったら……! 使わなくてもいいって言ってたし」
何故かこの幼馴染は快斗に薬を使わせようとする。使う先もなければ使う理由もない。捨てるとあれだけ言っていても信じていないというこの態度を見るにつれ、どうすればよいものかと思案する。
「あのな、そういうのは大概罠なの。フラフラついてったらこっちがやられるの」
「やられたの?」
「やられたことなんてねーよ」
純粋な瞳で疑問を投げかけられるが否定の言葉を投げ返した。なんだかやはり女たらしのだらしない奴という認識が秘かに確定している気がしてしょうがない。如何にしてそれを払拭すればいいのか。普段ならこういった方面の会話はする事もなく、話題にすらならない。やはり感情面でも飲んだものが何かしらの影響を与えているだろうか。
「だってあんなに皆にキャーキャー言われてて」
「嬉しくない訳じゃないけど、気にしてない奴に言われても何にもねーから」
「だってあんなに女の子いるのに。好きな子以外は気にならないんだ」
「そーだよ」
どれだけの人が自分のマジックを見て持て囃したとしても、青子がつまらないと思えばそれだけで価値はないに等しい。見せたいのは、見ていて欲しいのは今も昔もただ一人。
「そっか……」
青子の声のトーンがあからさまに沈む。今の会話にそんな要因あっただろうかと考えて、そして行き当たる。まだ何も言ってない。
青子からのは何度となくキッドで聞いたけど。快斗の方からはまだ何一つ言ってない。
「よし、青子。よく聞け」
「いや」
秒で否定され次の言葉が止まった。さすがに心が折れてしまいそうになる。
「いやって、オメー……」
「やだ。失恋確定だもん」
「違うって」
「やだ」
何も聞きません、と幼馴染は彼の胸元に顔をうずめる。落ちないように首元に腕を回しているせいでそうせざるを得ないのは分かる。うずめている方向のせいで普段より早い心音に気づかれそうでひやひやする。
「青子、今は聞きたくない」
「はいはい」
こうなってしまってはどうしようもない。抱える手に力を入れて月に向かって進路を進めた。
+ + +
「大体な、あの薬が本当にただの媚薬かどうかは怪しいんだよ。成分は確定出来ねえ、服用してからの発現時間とかピークが二回来るとか。飲ませるならカプセルとかよりすぐ溶けるタイプの錠剤の方にした方が手っ取り早いけど……」
どうしたものかと悩んだ挙句、青子の部屋のベランダに降り立つ。鍵のかかっていた筈の自室のガラス戸をためらいなく開けた快斗に彼女は訝しげな眼を向けるが気付かないふりをした。
「よく知ってるね」
青子に中に入るよう促すと、靴を脱いで一歩だけ入ってこちらを振り向く。と同時に怪盗の白いマントの端を掴んだ。逃がさないとでもいうのか。
「オメーが飲んじまったからな、本当に大丈夫かどうか調べたんだよ。殆どのものは数時間で効果が切れるけど、まかり間違えたら一か月くらい続いたりするのもあるから」
マントが強く引っ張られ、危うく部屋に入りそうになる。単純に状況を伝えたつもりだったが、青子にとってはそうではなかったらしい。顔に色が無くなり怯えている。
「大丈夫。そう言うのじゃなかった。青子の事ずっと見てたけどどれにも当てはまらない」
寝ている間の事は分からないが、普段の生活上は特に異常は見られなかった。悪化している感じもぶり返している感じもなかった。もう一度大丈夫だ、と緊張しているその腕に触れる。
「見てたの」
「そうだよ。何かあったら困るだろ」
マントを離そうとしない青子にしょうがないなと、肩からそれだけを外し手渡す。そして他の白い衣装からその前の恰好に戻る。
黒のデニムにタートルネック。いつまでも白い恰好でいたら誰に見つかるやもしれない。自分は何とでもなるが、中森家に何かが起こるのはいただけない。
普段の黒羽快斗とは少し異なる服装に幼馴染は少しばかり驚いた顔をするが、すぐに変装を解いたばかりの快斗の手を取って部屋に招き入れた。なるべくなら入りたくはないし、距離もとっておきたい。が、その手を振り払うなど出来るわけもなく。ベッドには何故か先程迄手に持っていた白いマントを敷き、自然に腰かけ、隣をすすめてきた。もちろん隣に座ることはせず、床に腰を落とし片足を立てて座る。
時間的にも薬の効果が出始める頃。同じものだとして、二度目だと効果が強く出るのかそうでないのか同じなのかもわからない。違うものならもっとわからない。
「あのね、青子が誘拐されそうになった時。快斗が助けてくれたじゃない? 小学校の門の前で『お父さんが迎えに行ってって言われたから来たんだよ』って、知らない男の人が来た時」
「ああ、あったなそういえば」
警部の仕事柄、何かに巻き込まれそうになったりする事がちょいちょいある。それでも大事になることは殆どないのは青子の危機察知能力が他より高いからだと思う。危ない所には近づかない、怪しい人には近づかない。避けることは知っている。が、快斗に関してはそれは行われないので危険だと思われていないのが少し不満ではある。
「快斗が『誰?』って男の人に聞いて、答えてくれなかったから、『走るぞ、青子』って青子の手を取って走って、学校の先生のとこまで行ってね、先生が男の人に質問したりして、警察の人きて捕まえて行ってくれたの」
覚えている。警部の部下で、仕事で何かあった時来てくれる人の顔と名前は快斗は全部覚えていた。その中の誰にも当てはまらなかった。新しい人か、と考える前に空気が違った。
「それからちょっとの間、学校行く時も帰る時も快斗が青子と手をつないでくれてた」
ことんとベッドに横たわり、手を差し出してくる。少し熱を帯びている。こちらの手を重ねると懐かしそうに笑う。
「それを誰かに揶揄われた時『また誘拐されたら困るだろ。てめえも誘拐とかされないように誰かと手を繋いで歩けよ』っていってね」
「言ったっけなあ」
「あれからちょっとの間、皆の間で手を繋いで帰るの流行ったの」
「そうだっけ?」
「そうよ」
言った記憶はある。あるが、そんなにみんなが手を繋いでいたかどうかは記憶にない。青子を無事に学校まで連れて行って連れて帰るだけを目標にしていた。帰る途中の寄り道も極力減らした。帰って中森家に青子一人となってしまう時はすぐに自分の家に連れてきた。快斗の母親も喜んだし何の問題なかった。
「こうやって、手を繋いで……ごめん、青子とじゃ嫌だよね」
「何言ってんだ、ほれ」
離そうとする手を両手で繋ぎ直す。泣きそうに潤む目を何とかしてやりたいが何もできない。いつものように青い薔薇を渡すのも違う。いま求めているのはそれじゃない。
「だってあの時とは違うから。いてくれるから、だから。ずっといて欲しくて。こういうの、少しでもしたら、ちょっとは引き止められるかなって、思って。ずるい事、考えたから」
ずるいのは寧ろこちらの方で。傍にいるために利用できるものは何でも利用したし、いくらでも嘘をついた。一番大きな嘘がバレた今となっては隠すものは何もなくなってしまったが。
「いいんだよ、ずるくても」
彼女は真っ直ぐに生き過ぎてて、他人のずるさは許せても自分のずるさは許せない。
「だってこんなのはずるい。青子が勝手に薬飲んで変になってるのに。巻き込んでるのに」
「元々はオレが追われてたせいだろ」
「でもそこに入り込んだのが青子で、だから、いなかったら」
「じゃあ原因は半分半分だろ。それでいいじゃん」
「よく、ないよ」
溜まっていた涙が零れ落ちる。泣かないで欲しい、などと嘘をつき続けた自分が言える台詞ではないのはよく判っている。
「オレがいいって言ってるんだからいいの」
誰かが許してやらないと彼女は自分を許さない。握りしめる手に力をこめ、互いの額を寄せる。
「……ごめんなさい」
「はいはい、大丈夫大丈夫」
少しだけ軟化した言葉に安堵し、右手で青子の背中を軽くたたく。伝わる熱。
「オメーあったかいな」
以前ほどの熱は帯びていない。二度目となると若干耐性が出来、効果が弱まっているのか。それとも立ち上がりが遅いのか。このまま何もなく終わればいい。
「なんか、もやもやしてる、けど、前みたいな感じじゃなくて、でも……だめ、やっぱり」
現時点では前ほど効果は出ていない感じはする。少しばかり耐えるような体の動きが気になりはする。それ以外に他にこちらが気付かない症状があるなら。
「快斗の好きな子のためにしなくちゃ、やだ。青子じゃなくて……青子じゃないから」
「ああ……」
先程、ここだと思って伝えようとして告白をキャンセルされたことを思い出した。青子には何も伝わっていない。気にしているのはそれか。未だ他に好きなやつがいると思っている。薬と青子の事ばかり気にしてて、ある意味一番大事なことを置き去りにしていた。
「今度こそちゃんと聞け」
手と視線は離さない。シーツ代わりになっているマントがずれる。逃げるな。
「オレが好きなのは青子」
対する瞳の色が変わる。なんで? という色がありありと見て取れる。
「うそ」
「うそじゃない」
快斗は一度だって他の人物に気を取られた事などないのだが、そのように思い至った事すらないらしい。真っ先に自分を除外する癖はやめてくれとつい願ってしまう。
「快斗、嘘つきだもん」
「こんなので嘘ついてどうする。オメーにこういう嘘はつかねえ」
理解してくれるまで隠しておくつもりだった感情。それまでは気付かれないよう嘘もついたが、今この段階で嘘をつく必要はない。判れよ、と繋いでいる手に力をこめる。
気付いたら彼女の目の涙は乾いていて、何かを言いたそうに何度も唇が動いて、止まってを繰り返し。そして、言葉が動く。
「青子はね、快斗が好きなの」
自分に向けて貰えた感情と言葉に安堵と喜びで舞い上がってしまいそうになる。やっと自分で聞けた。
「好きで、いいの?」
「いいんだよ。嫌われたらオレが困るだろ」
不安げに訊ねてくる青子にいつも通りで快斗も答える。
「そっか……じゃあ、こうやっててもいいんだ」
「おう」
「えへへ、良かった」
重なった手を握りしめたり、緩めたり。楽しそうな彼女に思わずこちらの表情も緩む。と、視線があうと「あのね」と言葉が続く。
「快斗におねがいがあってね。青子がちゃんと普通の時に」
「普通?」
「お薬ない時に」
以前ほど効果が出ているようではないこの薬。このまま何事もなく終わりそうだな、やっと安心して眠れそうだな、とぼんやり考えていたところに
「続きしてくれる?」
斜め上のとんでもない発言に快斗はせき込んだ。
「なっ……に、を、いきなり」
「だめだった?」
いつも通りの青子でこちらをのぞき込んでくるが、快斗はいつも通りとは程遠い態度にしかならない。どうして極端から極端に走るのか。平静に戻るのが精いっぱいだ。
「駄目じゃねーけど、普通いきなりそんな事言わねーだろ……いいよ、覚悟しとけ!」
むせながらも一気に言い切った。うん、と頷く青子を見て色んな感情が帳消しになる。が、次の一言でまた違う感情が芽生えた。
「あ、青子キッドがいいな」
「なんでだよ。キッドは嫌いじゃねーのかよ」
快斗の事は嫌いにならないと言ったが、キッドへの感情は変わりないはずだ。警部の仇なのは変わりない。違うのか。
「好きじゃない、けど。だって、キッドだと優しかったから」
あれはパフォーマンスの一環だ。自分のやっているものは慇懃無礼に近いと思っている。それを優しいとみられるのは、騙すときには好都合だがそうでなければ……自分で自分にむかつくってむかつきしかない。何より原因は自分だ。
「オレが優しくすればいいんだろ?」
「してくれるの?」
「するに決まってんだろ」
言い切る快斗に青子はおっかなびっくりに手を握りしめる。
「だったら、その…………お願い」
先程とは違う熱と汗ばんだ手の意味に気づき、今度な、と囁いた。
++++++++++
「青子は、快斗の隣にいていいんだよね?」
登校中。恵子との待ち合わせ場所まで距離があるそこで恐る恐る聞かれる。ただの確認だから!と念押しまでされる。昨夜一人になってから何を考えたのだろうか。やっぱりこれは嘘だ! とか騙されてる! とか思ったのだろうか。何度そう思ってもこれは間違いなく真実なのでいくらでも何度でも同じ答えを返せる。
「いいよ」
「よかった」
ほう、と息を吐きだしふんわりと笑顔を向けてきた。睡眠不足の頭に効く。快斗はくらくらとする頭を振ってなるべく普段になるように声を発する。普段通り、普段通り。
「ちょっと前に言ったことあるだろ。『オレたち、結婚してんだぜ』って」
いつぞや潜入する時についた嘘。いまなら満更嘘とも言えない。嘘にはしない。
一瞬、きょとんと眼を大きくし、意味をかみしめた後憤慨する。
「あれはあの時で違うでしょ! まだ早い!」
早いという事は時期が来ればいいという事だよな、と自己解釈を決め込む。少しだけ現実味を帯びた未来に心をはせる。間違いなく、ずっと隣にいる。
変わらない。
+ + +
■おまけ
「青子。カプセル二個共持ってたって気づいたのいつ?」
「えっ」
帰り道、快斗が振り返って何気なく投げた問いに青子は歩みを止めた。
「怒らねーから言ってみな。いつ?」
隠し持っていたことを怒られてしまう。それはそうだ嘘をついていたのだから怒られて当たり前。しかも飲み下し快斗に大迷惑をかけたのは記憶に新しい。あの時の快斗は怒ってなかったけど、今は違うかもしれない。
「おこる?」
「怒らねーって言ってんの」
しょーがねーな、と呆れた口調にちょっとだけ安心してあの時の事を思い出しぽつぽつ話し出す。
「キッドに二回目あって、返した時は一つだけだと思ったの。でも帰ってから。スカート洗濯しようと思ってポケット確認したらコロンって……う、嘘じゃないからね!」
「カプセルだからな。温度によっちゃくっつくだろ。判った。もう大丈夫」
「いいの?」
「いいよ。結局三つとも行先わかったし。他から貰ったとかだったらちょっと困ったけど」
行先と経路を確認だけしたら他の事は興味がないらしい。三つのうち二個共青子が持って帰ってしまって、一個はキッド……快斗に渡して、もう一個は青子が飲んだ。
「二個目は……どうしたの?」
「成分調べるのに使って、ほとんど残ってない」
「飲まなかったんだ」
飲んでしまっていたら、この間の青子のようになってしまっていたかもしれない。一人でそうなったらどうすればいいのか。
「なんでオメーはそんなにオレにあれを飲ませたがるんだ。いらねーだろ」
「えっ、あの……その」
快斗は利用できるものは上手に利用する。だから利用できる時があれば……とは思うが。
「自分で飲んだってメリットないし、好きなやつに飲ませたって途中はいいかも知んねーけど最後には罪悪感しかないし。それ以外に渡しても何の役にも立たねーし。いらねー」
つまんねー事聞くなと呟くと家に向いて歩きだそうとして、青子へと振り向いた。視線が合う。
「……青子とはなくてもしていいんだろ」
「あっ、うん! いつでも!」
快斗にしては珍しく自信なさげな問いかけに、つい元気いっぱいで応えてしまった。ら、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、困ったように笑った。なんだかちょっと珍しい感じにどきまぎして両手を握り閉める。
「オメーもう少し答え方考えろ」
「えっ、だって……いいもん」
「ああ、うん。判ったから。いつかな」
「大丈夫? 顔赤いよ」
「いいからほっとけ」
薬なんてなくても、いつだってもう大丈夫だから、隣に。