闇路に嘘つき・三

 こんなに二人きりになれない事なんてあっただろうか? と快斗は寝転がって空を仰ぐ。屋上に一人きり。風が心地よい。心は心地よくない。遠慮して待ってる場合じゃない、知った状況的に後ろめたさがないわけでない。が、しかし。素直を忘れると失敗するのだ。とてもよく知っている。だからさっさと言ってしまおうと決めた瞬間からその機会が消えうせた。
 朝。食事時には警部と碧子さん。いない時もあるが、いて当たり前の二人。
 登校時は恵子も一緒。学校でも青子と恵子は大概一緒にいる。仲いいから。
 学校。休み時間とか青子が文化祭の実行委員で不在。
 帰り。掃除当番。青子が実行委員会の仕事。待ってたら同じく委員会の仕事終わった恵子も一緒。
 帰ってから。食事時に警部と碧子さん。ここ最近は仕事が落ち着いてるらしい。まあ、オレが次のターゲットの下準備中だから当分時間あると思うよ、警部。両親そろった食事は珍しいから青子は嬉しそうでそれはそれでいい事だ。親子水入らずの中、お邪魔するのはどうだろうと遠慮するつもりで何故か毎日お邪魔していた。
 ここまで余裕なかったことはない。今までならもう少し二人で話す機会はあった。あったろ。なんでここにきてこれはなんだ。何の妨害が入っているのか。

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「快斗と二人で話す時間ないの」
 と、しょんぼりした声で白い衣装の怪盗に告げる青子。
 相変わらずどこからこのビルに忍び込んだか判らない青子を屋上に見つけ、しょーがないなと降り立てばこの台詞。
「言っちゃ、駄目なのかな……」
 先日の『告白してから』云々で頑張ってみようと思ったらしい。が、何故か失われていく機会に自信がなくなり怪盗を追いかけてきたらしい。どうしてそこで怪盗を追いかけようと思ったのか。恋愛相談する相手じゃないと思われる。何故キッドには言うのか、オレには言わないくせに。自分で自分にむかつく状態になるとは思わなかった。
「そんなことはないでしょう。今はタイミングが合わないだけで」
 肩を落とす青子に怪盗らしく冷静に告げるとともに自分にも言い聞かせた。こんな形で終わらせる気はない。待ってろ青子。何とかしてやる。
「そうかなあ……神様がやめときなさいとか言ってるんじゃないかな」
「神様なんてどこの誰かもわからず何もしてくれないのに、言うことを聞く必要はないと思いますよ」
「そう、かな」
「ええ」
 オレはあきらめる気ないからオメーも諦めんな。いま言ってしまうのが一番早い。しかしそうすると正体までバレてしまう。いっそのことオレがキッドの変装してました、みたいに言ってもいいのでは? いや、駄目だな。さすがに追い詰められすぎている自分に気づく。
「怪盗ってね、人からもの取っちゃうんでしょう? そんな人から応援されるって不思議……あっ、それとも快斗の好きな子から快斗取っちゃえばってこと? それだったら怪盗らしいかな」
 警部の敵であろう人物に青子はにこやかに笑いかけた。いつもなら捕まえてやるんだから! と言い切って飛びかかってきてもおかしくない。やはり最初のせいか。いや、これは違うな。
「あのね、いつも快斗の変装なの? どうして?」
「どうしてだと思いますか?」
「青子は話しやすくて、好きなんだけど。でも、快斗は快斗だから、邪魔しないで欲しいなって」
それなりに開いていたはずの距離が狭まっていた。手を伸ばせば触れ合う距離になる。
「邪魔?」
「服装からなにまでまるっと変装してたら変装されたんだ~って思うけど。服が怪盗のままで、顔がそうだったら勘違いされちゃうし」
 お父さんも、勘違いして、快斗がキッドだって……と途切れ途切れに聞こえる声。ああ、警部にはキッドなりたててすぐ位に正体ばれそうになった。今だったらあんなへましない。つったって、モノクルもシルクハットもある。遠目からでは顔なんてわからない。余程の距離じゃないと。
「だから、ね。青子の時は快斗でいいけど。他はちゃんと自分の顔して!」
 お願い、と胸の前に両手を握りこぶしを置いて懇願してくる。自分の顔、とは。青子にはこの顔でいいとはどういう?
「自分の顔、ね」
そう! と力強く頷く幼馴染。距離が狭まる。オレは動かない。
「それとも……本当に快斗だったりする?」
青子が背伸びして、手をオレの顔に伸ばしてきた。
「快斗だったら……」
「だったら?」
「あのお薬飲んだ時、最後までしちゃってよかったんじゃない?」
「ば……っか! アホ子おまえ!!!」
 これでもかと笑顔で爆弾発言をする青子に反射的に素で言葉を返してしまった。しまったと思ってももう遅い。言い逃れが出来るラインを越している。青子はきょとん、と一瞬こちらを見た後
「ほら、やっぱり快斗だった」
頬に手を添えたまま、安心したように呟いた。
「どこで気づいた」
 いつの頃からか反応が違うな、とは思っていた。あれだけ嫌っていたキッドに。いくら薬の事があったとて、ここまで対応が変わると思えなかった。何より、気づいた時点で悩んだりとかもっと怒ってきたりとかあってもおかしくない。
「だって顔も声も快斗だし。最初は変装なんだろうって思ってたの。でも動きとか座り方とか、快斗そっくりで。あのテレビで見るキッドの動きじゃないもの。あと、なんだか……おじさまに似てた」
「親父に?」
 こくんと頷く。キッドの時は親父の動き方を真似てるつもりでいたけど、普段はそんなつもりはない。
「うん、ほら、そうやったりとか。おじさまみたい。似てきたなって思って。だからなんかつい、話しちゃった」
 えへへ、とふんわり笑う。あまり見ない笑い方に心が引っ張られそうになるが、なんとか耐える。不用意にそんな笑い方されると困る。
「似てたか?」
「うん、似てたよ。親子だなあって思ってみてた」
「オメーはそれでよかったのか。オレが、キッドだって、気づいた時」
 青子は少し眉根を寄せて、こちらを見つめる。が、すぐに頬を緩ませて言葉を紡いだ。
「なんで黙ってたんだろうとか、騙されたのかなとか、すっごく色々考えたよ。呼びつけて聞きたかったし。聞きたかったけど、すれ違ってばっかで。すれ違ってるうちに、もういいかなって。快斗が理由なしにやってるとか思わなかったし。だから、理由は聞きたいと思ったけど」
 頬にあたる指先が夜風で冷えていた。静かに目を閉じる。青子の声だけが届く。
「今言えないなら、いつかでいいから、知りたい」
 彼女の指先に自分の手を重ねる。布越しの暖かさ。
「青子はね、快斗に何があっても、快斗の事を嫌いになったりしないの」
 額がくっつく。お互いの熱が伝わる。いつもの距離。
「だから、大丈夫」
 屋上の風は冷たくて心地よかった。

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「オメーまだ持ってるだろ」
 かえろっか~! とご機嫌モードでスキップしだしそうな青子に質問を一つとばす。
「なにが?」
「薬」
 あ、と口を丸くするが慌てて手をやり隠す。いや、ばれてるから。何もない手の平をひっくり返し先日受け取ったカプセルを現させて、確認させるように見せる。
「あんとき飛んだ影は三つ。一つは最初オメーが飲んだ奴。ひとつはこれ。もうひとつ、あるよな?」
 口を結んで絶対喋らない、と言わんばかりに両手を握りしめている青子。一時にらみ合うが、諦めたように来ている上着のポケットからピルケースを取り出すと、中からカプセルが出てきた。
「気付いてたの?」
「気付くに決まってんだろ。ほれ、よこせ」
 指先でちょいちょいと促す。その指先と自分の持っているものを何度か見返して
「使うの?」
 と聞いてきた。
「つかわねーっていってんだろ! それも同じ効果発するとは限らねーんだぞ。捨てるから」
 使わないと何度言っても使うと思われている。オレを何だと思っているんだろう。これは成分を確認しようと持っていたものだ。そこそこにデータも取れたから必要はない。あとは捨てるだけ。
「ほら」
 ずいと手を差し出す。青子はオレの白い手袋と持ってるカプセルを交互に見る。何度か見て、そして意を決したように口の中にほおり込む。こくんと飲み下す音。
「このアホ子ーーー!」
 もう叫ぶしかなかった。