「実はあの時もう一個同じのあって、青子持ってきちゃってたの」
いつものようにグライダーを広げて帰宅途中。ビルの屋上でうろうろとしている幼馴染を見つけてしまい、ほぼ条件反射でその傍に降り立つと同時に彼女はいきなりそう発した。
「はい?」
挨拶もなくいきなり告げられた事実に疑問形で返すしかない。
ビルの屋上。あるのは給水タンクくらい。ど真ん中二人でまっすぐ立つ。銃で狙うなら格好の餌食である。何故こんな所でうろうろしていたのかとか、何より入口が閉まっているであろうビルにどうやって入ったのかとか、本当に怪盗を待っていたのかとか聞きたい事は色々ある。あるが、
「何故わたしにそれをいうんです?」
「ほら、あのときね。またあるなら快斗呼んだらっていってたじゃない。だから、その。してみちゃおうかなって……呼んだら来てくれるって言ってたし」
頬を染めながら告げる青子にこちらの表情も緩みそうになるが、そこは抑えつつ怪盗然として答える。
「別にわざわざそれ飲んで呼ばなくてもいいのでは? 普通に呼んだら来てくれるんでしょう?」
『電話したら来てくれる?』の青子の問いに『呼ばれれば行く』と快斗は返した。別に呼べばいつだって行くに決まってるだろ、オメーが呼んだんだから、という言葉を必死に飲み込む。
「来てくれるって言ってたけど……だからこれだったらって」
「普通に告白してからではいけないんです?」
そんな変な色仕掛けよりそちらの方がいい。順番が間違っている。告げた言葉に瞳が下を向く。
「だって断られちゃう」
「何故」
何度目の何故か判らない。どうして断ると思ったのか。自分としてはそんな素振をした覚えはない。
「だけど、青子は快斗がいいなって。だから、お薬だったらって」
「何故断られるの前提なのかお教えいただけますか?」
いやだから色仕掛けはいらないから。薬なんてものに頼るな、いらないそういうものは。無数に言葉が続くが抑え込む。
「だって、快斗女の子好きだし。綺麗な子とかかわいい子とか。胸もおっきい子好きだし。青子、全然違うから」
青子も綺麗な人好きなんだけどね、とぽそっと付け加えてくる。ああ、よく知ってるよと心の中で返す。それと大して差はない。好きだからと言ってそれがどうこうなる訳ではない。相対的な感想と個人の好みを一緒にしてほしくない。
「紅子ちゃんが好きなんだろうなって」
「それは違う。ちゃんと聞いたんですか? 彼に」
予想以上に素早く言葉を返してしまったせいか、うつむいていた青子が顔を上げた。なんでそこで紅子なのか。ただのクラスメイトでしかない。綺麗だろうが何だろうが快斗にとっては出来たら関わり合いたくない相手だ。
責めるような口調になってしまったのに気づき、落ち着こうと少しだけ息を吐きだす。
「隣のクラスのあの子がかわいいとか、胸おっきいといいよな~とか。青子、言われたことないもん。新しいヘアピン見せてもおざなりにかわいーかわいーは言ってくれるけど。似合ってない訳ではないんだろうなって程度だから。だから、やなんだろうなって」
せっかく顔を上げてくれたのに、またうつむいてしまった。青子の良くない部分が出ている気がする。何よりあのタワーのヘアピンはかわいい云々の前にちょっとよろしくない代物だった。普段青子がつけているものの方がよく似合っていると思う。伝えた事はないが、伝えるべきだったのかと自省する。
「これ以上嫌われたくないもん」
好きが増すことは山のようにあるが、嫌った事なんて一度もありはしない。が、彼女はそう思っているわけで。
「嫌っていたら一緒にいてくれないのではないですか?」
「嫌でもいっしょにいなくちゃいけないとか。お父さんやお母さんとかにも夜遅い時とか宜しくねって言われてたし。めんどくさそうにはするけどちゃんといてくれるんだもん。きっと、嫌なんだよ。行動制限されちゃって」
「そんなことはないでしょう。嫌なら断りますよ、彼」
「そう……かな」
快斗としては青子の親公認でちょうどいい口実貰ってるから助かってる。が、しかし。本人はそう思っていない。どうにか誤解を解かねば話が進まない。思考をフル回転している所に別の問題を突っ込まれた。
「快斗好きっていう人も多いし」
多い……いや、多いだろうか? 比べた事がないのでわからない。誰かと付き合ってみたいだけとかアクセ感覚で軽くくるやつが多い。真剣に言われたことがないわけではないが少数。訂正もめんどくさいし別にいいやと思ってたけど、もしや青子はそこで何かを勘違いしている? それは、困る。全部きちんと断ってるから、と心の中で言い訳したとて通じるわけもなく。どう伝えればいいのか。
「好きな人いるから断られたって、聞いたし」
「ああ、それは……」
それは言ったことがある。断ったらしつこく食い下がってきたので言わざるを得なかった。誰が好きかとは言っていない。本人にすら伝えていない事を見も知らない女に伝える義理はない。
「誰の事か知ってる?」
「何故私が知ってると思うんです?」
「変装してるから……そういう事も調べたのかなって」
そうでしょ! と勢いよく視線をこちらに向けてきた。いや、自分の事なので調べるとかしなくても十分大丈夫です。他の人物に変装する時は誰に好意持ってるとかは調べてないと支障が出るので、突発的な時以外はそこそこリサーチはしている。
「いるのは、いるみたいですけど」
視線を少し外して答える。この問いには言葉を濁さざるを得ない。
「いるんだ、そっか。やっぱり」
何がやっぱりなのか。青子の中で何がどう繋がっていっているのか聞きたい。
「だったら、その子がいいに決まってるよね」
それは正解。正解なんだけど、なんでどうして何を勘違いしてるかな。
「それは誰しもそうだと思いますよ。好きな人とがいいに決まっているでしょう。何より、気持ちはちゃんと言葉にしておいた方がいいと思いますよ」
だから、薬は捨てて、普通にしてくれと祈るように思う。知った状況的にはずるい気もするが、もう伝えに行っても大丈夫なのか? 大丈夫だよな。遠慮なんてしないぞ、オレは。
「うん。じゃあこれあげる」
手元にぽとん、とカプセルが落ちる。
「これは……?」
もしかして。
「この間のお薬。キッドだったら使う機会あるかなって。青子、持ってても上手く使えないし」
そう言えばここに降りたった時言われたのだ。『もう一個同じのがあって』と。くれるのは助かるが、自分では使わない。使う機会もない。
「それでは、こちらで処分しておきましょう」
「使わないの?」
「使いませんよ」
「つかわないんだ」
何故そんなに残念そうな声を出すのか。使えと言わんばかりだ。ため息が出そうになる心を封印する。
「使わなくても宝石はいただけますので」
「ふーん。使わなくても大丈夫なんだ」
キッドらしく笑みを浮かべてみるが、当の幼馴染は意に介さずキッドから視線を離さない。訂正したところで多分誤解は解けないからそのままにしておこう。青子の中のキッドは気障な女たらしのだらしない奴で確定しているようだ。オレの事までそう思ってないだろうな。思わないでくれ。
「ご用事は終わりましたか? それでは失礼いたしますね」
「うん、ありがとう。今日は見逃してあげる」
ああ、やっと普段の青子に戻った……よな。こわばっていた顔の筋肉の緊張も解ける。他のやつだと自然に出来る表情も青子の前だときっつい。オレに戻りそうになる。
たん、とバックステップで空に踏み出しグライダーを広げる。夜風が気持ちいい。今日はよく眠れそうだ。そこそこの場所で青子に連絡を入れて迎えに行かなくては。一人で歩かせるわけにはいかない。
飛び立ったそこにはまだ青子がいて。早く帰らさなくちゃな、と月を見上げた。
+ + +
「もうちょっと、快斗の事聞けばよかったかなあ」
好きな子がいると、そんな情報も手に入れていた。変装するならどうやってかは判らないけどそれなりの情報は手に入れているのだ。
青子は快斗の事を思うほど知らない。子供の頃はもっと知っていた。ううん、知っていた気でいたのかもしれない。色んな人の話を聞けば聞くほど、快斗の事が判らなくなった。全部知ってて、でも知らなくて。ずっと近くにいたのに。何も知らなかった。ずっと隣だと思って、胡坐をかいていたから何も気づかなかった。もっと、努力してれば好きになってもらえたのかもしれない。気付いた時には遅かった。
考えれば考える程涙が出そうになる。もう頑張ったって振り向いてはくれない。幼馴染でしかいられない。
あの怪盗は気持ちを言葉にしろって言った。そうだね、しっかり失恋しろって事かな。いつまでもうじうじしてちゃいけない。両頬を手の平でぺちんと叩く。うん、もう大丈夫。
不意にポケットの中のスマホが鳴った。取り出してみると快斗。なんてことないのに嬉しい。でも何だろう、何かあったかな。
「もしもし、快斗? どうしたの?」
「どうしたのじゃねーよ、オメー今何処だよ」
用事より前に居場所を聞かれる。さすがにキッド追いかけて降り立ちそうなビルを探して上ってましたとは言えない。
「どこって……街の中」
我ながら曖昧過ぎる答えに通話先の快斗がため息をつく。
「どこだよ」
憮然とした端的な問いにどうやって答えればよいものかと考えて、考えて。
「えっと、ご飯今日は外で食べようかなって思ってふらっと」
「ふらっとって今何時だと思ってんだ」
「あ、えっ。こんな時間、いつの間に」
気付けば時間は夜の十時が来ようとしていた。キッド見つけたのは九時前だったと思うんだけど、そんなにお話をしてしまっていたのか。よくお父さんたちに見つからなかったものだ。
「で、飯は食ったのか」
「あ、まだ」
「じゃ、俺も食ってねーから一緒に食おうぜ。待ち合わせてから……そこらへんに何か明るい目印あるか?」
慌てて屋上の端まで行き、フェンスを通して下を見る。みつけた。
「うん、青い看板のコンビニ」
目印のコンビニの場所を簡単に伝えると
「じゃあ、俺そこまで行くからまってろ。じゃあな、動くなよ」
と、スマホが切れた。
もしかしなくても家からくるの? 大変じゃないかなとか思ったけど来るって言ったから待って居よう。ちょっと嬉しいとか思っちゃって駄目だなあ、青子。手のかかる幼馴染でごめん。青子がいるから好きな子と付き合えないんじゃないの、快斗。面倒見なくちゃいけないし。もっとしっかりしないと。もう一度両手で頬をぺちんと叩く。大人になろう。大人になるから、それまではいて欲しいなとか、それはわがままかな。
そして気づく。すっかり忘れてたけど、このビルの入り口は閉まってるんじゃなかったっけ。どこか出れそうなところ探さないと快斗との待ち合わせに遅れてしまう。心は焦るばかりだった。
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「間に合った……!」
息を切らしながら待ち合わせ場所のコンビニに入る。先程スマホに『あと十分くらい』と届いた時は焦りに焦った。なんせまだビルの中だ。探しに探して外階段に続く扉の一つが開いていた。鍵を閉め忘れたらしい。これは九死に一生を得たってやつ! と勢いよく飛び出し駆け下りた。おかげで間に合った。
雑誌コーナーに移動し、道路の方を見る。窓ガラスから外が一番よく見える。どちらからくるだろうと右を見てみたり左を見てみたり心が落ち着かない。待ち合わせなんてよくしてるじゃない。なんで今日はこんなに落ち着かないんだろう。白い怪盗に相談なんてしたからだろうか。しかも恋愛。怪盗とはいえ外見は快斗で。そして青子が知っているもう一人にも似ていた。
「どうしたの、君一人? 家どこ? オレ送っていこうか。夜だし危ないよ」
気付けば見知らぬ男の人が隣にいて、青子との距離をつめてくる。
「いえ、あの待ち合わせてるんで大丈夫です」
この人はなんだろう。どうしたいの? 近づきたくなくて距離を開けようとするとつめてくる。やだなあ、という感情しか出てこない。青子になんの用なんだろう。
「でもさっきからずっと一人じゃん。来ないんでしょ」
「来るって言ってるから大丈夫です」
ずっとって言うほど時間たってないし! 快斗はうそつきだけど約束はどんな形でも絶対守ってくれるんだから! と両腕を胸の前でぎゅっとする。大丈夫だもん、ちゃんと来るから。うつむきそうになる心に必死で向き合う。
と、左肩後ろからぐいっと腕が伸びてきて青子の首元通って反対側の肩に。知ってる感触。
「ほら、来たぞ。はい、大丈夫ですからお引き取り下さい」
追い払うように男の人に向かって手を振るのが見える。相手は何かもごもご言っていたけど、快斗にばいばーいと言われたら結局離れて行った。なんだったんだろう。ほっとして見上げたら、待っていた人。
「快斗」
「いくぞ。遅くなったな」
「ううん、ありがとう」
快斗は慣れないものを見たような顔をする。青子だって、ちゃんと素直になるんだから。ちゃんと、言えるように。
おう、といつものように笑ってくれたから青子も笑った。