のぞみかなえたまえ~ある夜の話・11~

「快斗、ホワイトデーがお返しする日とか判って無いんじゃないかなあ……」

 何となく呟いた言葉に、そんなことないでしょと恵子は返してくる。そんな事、ある気がするの。
「それに今年は男子全員で女子全員に返すからって話し合いしてるんだし。気付くでしょ」
「んー……どうだろ。期待はしないでおこうかな」
 
 クリスマスはお仕事あった。プレゼント貰った、渡せた。
 お正月もお仕事あった。プレゼント貰った、一緒に初詣行けた。
 バレンタインはお仕事あった。プレゼントたくさん渡した。喜んでくれたとは思う。
 じゃあ、ホワイトデーは?

「やっりやがった、あの爺さん!」

 ホワイトデーもやっぱりお仕事。
 
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 三月にしては寒いなと思いながらてくてく下校していく。隣で歩く快斗は半端なく、本当に半端なくしょげた空気をまとってて、青子の方が申し訳なくなってしまう。

「快斗、お仕事あるんでしょ? そんな顔してないで。お仕事だったらしょうがないよ」
「いや、だってな」
「お仕事なんでしょ?」
 もう一度聞く。そうだけど……と小さい声が届く。そう、これはお仕事だ。しょうがない。

「ちゃんとお返事して、準備したら?」
 あのお爺さんはキッドと遊びたいだけかもしれないけど、快斗にとっては遊びじゃない。快斗が何を探して何のためにキッドをしているのかは知らないけど、遊びじゃない事だけは分かる。だから、青子は邪魔しちゃいけない。
 
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「お仕事だったらしょうがないよ」

 そんな声が聞きたいわけではなかった。仕事だから自分の気持ちをあきらめる、のを何度も繰り返している青子。そうさせたくなくて、思うまま何でも言って欲しくて今まで積み重ねてきたはずなのに。

「いや、しょうがなくない」
 しょうがないわけない。青子が我慢する必要はない。寧ろ年を重ねた分あの爺さんはもう少し自制心持てよ。どう考えたってこの日にする必要なかった。オレは、いつだって記念になるようなお祭り騒ぎ出来る日は、青子と一緒にいたいんだ。

「その日中に会いたいから、待っててくれ」
 大きな目を真ん丸にして青子はこちらを見る。どうして? と消えそうな声。どうしてもこうしてもあるか。いたいからに決まってるだろ。

「全部終わらせて、絶対その日のうちに戻って来るから待ってろ」
 のぞき込む目の色がわずかに明るくなった気がする。そうだ、期待してろ。青子の期待には絶対答えてやる。

「無理しちゃやだよ」
「わーってる」
 青子が喜ぶなら無理でも無茶でもないんだけどな。
 
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「オメー、何でそんなにお急ぎなんだ」

 ギリギリスケジュールで盗みの下準備して、警察その他諸々をだまくらかしてなんとかやり終えたオレの背後から呆れたような、しかし鋭い声が届く。

「例えばの話。名探偵の大切な人が何かを我慢して送り出してくれたとして、それでいいと思いますか?」
「何言ってんだ?」
「オレは我慢させたくねーんだよ」

 宝石を持ったオレを屋上まで追いかけてきた名探偵。何を言ってるのか判らない、といったふう。まあ別に分からなくていい。
 青子が一番大切にしてるのは警部や碧子さん。家族だ。仕事に影響でないよう自分の一番の本音は押し込める。オレにはそんな事気にしなくていいからと積み重ねたはずなのに、怪盗であるのが分かって以来、付き合い始めて以来、本音を押し込めるようになってしまった。

 だから、知られたくなかった。
 嫌いも大嫌いも言われる覚悟はできていた。言われて気にならない訳じゃないけど、青子が気持ちを押し込める方が嫌だ。青子が何でも言える相手が消えてしまうであろうことが嫌だ。また、何も言わなくなる状態にさせたくなかった。キッドである事と、探しているものがある事は伝えたけどそれ以外は伝えていない。伝える気もない。本当なら全部まるごと隠しておくべきこと。我慢してしまう要因を一つでも増やしたくない。

「誰の話だ?」
「たとえ話ですよ、名探偵。これ、違うので返しておきますね」

 緩く投げ返せば、大きく弧を描いてその手の中に。普通の宝石には用がない。


 さあ、帰ろう。


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「……っっと!」
「快斗!? ちょっと、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。わりい、遅くなったな」

 普段ならもう少し離れた所でグライダーをしまい、いつもに戻ってベランダに飛び乗る。間に合わないと思って青子の家ぎりぎりのところまで戻ってきたのがあだとなった。木の枝にハンググライダーの端をひっかけ無理に仕舞おうとして失敗し、焦りすぎて木から滑り落ちかけた。まあ、間に合ったから別にかまわない。

「それはいいけど……怪我してない? 痛くない?」
 いつもなら怒鳴られる状況のはずなのにその声も聞こえない。ごめんな、と言いたいところだが自己満足にしかならないごめんなを言ってる場合じゃない。ホワイトデーが終わるまであと数分。
 ベランダにへたり込んだオレの前に青子は寄ってくる。その肩にはいつものブランケット。自分の贈ったものを身に付けているのを見ると自然と頬が緩むのは許してほしい。

「ちょっと痛いけどそれはそれ。ほれ、よく見てろ。Three、two、one!」

 ぱちんと指を鳴らせば、ぽうと青い光。薔薇の形に光る。
 渡した薔薇が枯れてしまうとしょげていた青子。
 ドライフラワー、ポプリ、プリザーブドフラワーと長持ちする手段はあれど永遠ではない。数年たって朽ちていくそれを見つめる沈んだ瞳の色。
 花は渡せるなら毎日でも渡すけど、朽ちていく花が増え、寂しそうな色が重なるだけ。
 青薔薇の手のひらサイズのランプ。優しい青色。柔らかい光はほんの少し暖かい。

「ほら、明るいだろ」

 そっと青子の掌にのせる。その視線は青い光に吸い寄せらえれたまま。一瞬、涙が浮かんだように見えて快斗は身構えたけど雫が落ちることなかった。

「貰っていいの?」
「おう、青子に渡すために持って来たんだから受け取れ」
「ありがとう」

 両手で受け取って、ふんわりと笑う。何かの時に薔薇が渡せなくなってもこれだったらずっと残る。間に合ってやっと安堵する。

「青子、快斗にわがまま叶えて貰ってばかり」
「んなこたねーよ。仕事すんな~とかもっと言えよ」
 幾らでも言え。なんだって叶えてやる。叶えられないならいる意味もない。

「いえないよ。いう事ないもん。言う前に快斗が全部叶えてくれるの。誕生日だって、クリスマスだって、お正月だって。青子が言えなくてもういいやって思っても、快斗が気付いて、叶えてくれる」
 やわらかい青い灯りに向いていた視線がゆっくりこちらに向く。よかった、泣いてない。寂しそうな顔はさせたくない。

「青子、今返すもの無いから」
「返さなくていいだ……ろ」
 ふわっと青子のにおいが近づいて、口に柔らかいものが重ねられる。
 理解するのに数秒かかった。その間に柔らかさが遠のく。

「快斗になら、いいかなって思って」
 前も同じセリフを聞いた気がする。確か、クリスマスの朝。あの時も、確か。
「青子は、キスするなら快斗がいいなって思って」

 状況を咀嚼するのに時間を要して。理解すればしたで心音は激しくなるし顔は熱くなるしで自分の対処が追い付かず、気付けば胸元に青子の癖っ毛。その表情は俯いていて見えない。

「か、かいとは嫌だったかもしれないけど。だったら練習だと思って」
 ぽんぽんと理解の追い付かない事がどこまで起こるというのか。今のが練習? 練習ということは

「練習なら本番まで繰り返すんだろ」

 練習とは一定の作業を反復してその技術を身に付ける事のはず。ぼんやりしながら脳内の辞書にある言葉を引っ張り出す。
 ほんばん……と噛みしめる様に呟きながら青子が頭をあげるとオレと視線がかち合う。瞬間、ぶわっとその頬が真っ赤になった。

「ば、ばかばか!」
 青子は膝に薔薇のランプを置いて両手でぽかぽかと胸を叩いてくる。
 こちとら練習のつもりはないし、青子相手ならいつだって本番だしとか思ってる事言えば、もっと激しくぽかぽかされそうなのでそこは口をつぐむ。

「ってーな、おい。嘘だって、冗談だって冗談」
 きっ、とこちらを睨みつけてくる。あー、言葉の選択間違った。青子の両手がオレの両膝に置かれる。ああ、これはブッ叩かれるな―オレこそ言葉選びに練習が必要だなと一人頷いてると唇に唇が重なる。
 先程より少しだけ重なっている時間は長かった。

「これが本番ね」
 ふふん、って態度だけど息切れ酷いのはこいつ息止めてたのか。本番か練習か判んねーな、もう。その首元に頭を落とすと青子の呼吸を感じる。

「生き返った」
「え、なに。快斗今まで死んでたの?」
「うん、生き返った」

 むかついていた色んなこと。きれいさっぱり消え去った。めんどくさい下準備とか予告状とか宝石とか全部きれいさっぱり。

「なんなの、オメーのキス浄化作用あるんじゃねーの」
「はっ!? な、なにが!? なにいって?」
「ぜってー蘇生能力あるわ」
「なにいってるの!?」

 バ快斗! といつもの声が耳元でした。望むならいつまでもそうしてやる。
 いつだって、なんだって叶えてやるからな。