バレンタインのそのあとに~ある夜の話・10~

「快斗、ホワイトデーがお返しする日とか判って無いんじゃないかなあ……」
「そんな事ないでしょ。だって去年はお返しを青子と一緒に買いに行ったんじゃなかった?」
 移動教室。ぽつりと呟く親友に、いくらバレンタインを知らなかった黒羽快斗と言えど今年は知っている筈と去年の事実を述べる。
「そうだけど」
 それでもまだ彼女は納得がいかないらしく、口元に指をやる。
「それに今年は男子全員で女子全員に返すからって話し合いしてるんだし。気付くでしょ」
 不信感が先に出るのもわかる。だが挽回しようと必死な彼を恵子は見ているせいもあり、少し位は助け船を出しておくかと伝えてみたものの。
「んー……どうだろ。期待はしないでおこうかな」
 あっさりとなかった事にされ、これは根が深いなと苦笑した。
 
 
 ホワイトデーのお返しのラッピングのためにクラスの男子でとある家に集まっての作業中。その言葉は聞き逃してはいけない大切な内容だった。
「……とかって。中森さんそう言ってたって桃井さんが」
「え」
 クッキーの入った透明な四角い袋をリボンで斜め掛けにしていた快斗の手が止まる。藤江の方を向くと大きく頷かれた。スキー合宿以後、話しかけてくることが多くなった。話す内容も他愛ない事ばかりだが今回はそうではない。
「快斗、お前信用ないな~」
「そりゃ、しょうがないよ。あれだけ他の子から貰っといてお返し準備してなくて、中森さんが手伝ったんだろ? 期待もしないって」
「あ、こっちのクッキー終わった。紅茶の入ったやつ回して」
「ほらよ」
 リボンをラッピングしていた手は止まったまま、回りの級友たちの話に耳をやる。好き勝手言いやがって、と思うものの言われていることは全部事実真実だ。言い返すこともできない。
「大体さ、当日も快斗殺気立ってたじゃん。断る度に『お前じゃない』って顔して」
「わかるわかる」
「そんなに?」
 委員長の言葉にのっかるようにそーだぞー、と一斉に言われ。一人くらいは反論してくれてもよくね? そう思って同意してくれそうな藤江の方を見るが、他の奴と意見は変わらないらしくうんうんと頷いている。ため息をつこうにもつけない。
「いやー、他のクラスの奴は気付いてないと思うけどな。俺らはな~……中森さん早く渡してくれないかなってひやひやしてた。途中からはいつ渡すと思うか賭けしてたけど」
「オメーらよー……」
「帰ってからじゃないか、ってみんなで言い出して賭けにならなかったんだけどな」
 けらけらと笑われ、そうですねーと棒読みで返す。とどめにあたってただろ? と全員から視線を受け、やり切れずリボンのラッピングに戻る。
「紅子様には相変わらず他のクラスの男がチョコ貰いに来てるし。白馬は教室の後ろの扉でずっとチョコ貰ってるし。俺らのクラス、あの日人口密度最大だったわ」
「そういや、白馬はどうしたんだよ」
「今イギリス。ホワイトデーに帰るの間に合わないからって、このラッピング代出してくれたんだよ」
「へえ」
 それは知らなかった。最近見ないな、とは思っていたが。キッドの仕事の時以外は彼の動向を気にしたことがなかった。
「お前もうちょっと回り見ろよな。先生とか当日すっごくウキウキしてたんだぜ」
 図星を突かれて快斗はうっとなる。自分に関係ないことは流してることが多い。特にバレンタイン当日は青子の事しか考えてなかった。いや、キッドの仕事も考えはした。今回は、ホワイトデーには次郎吉爺さんからの挑発もない。このまま終わりたい。
「で、ちゃんとお返し準備してるんだろ?」
「たりめーだろ」
 きゅっとリボンが小気味よい音を立てる。合わせて男子連中がぱちぱちと拍手してくれた。嬉しくない。
「みんないつ渡す? 俺は朝渡す予定」
「僕も。学校違うから、朝しか会えなくて。だから今のうち~って」
「へえ、俺は帰りしか時間合わないから帰りだな」
「おれはもう渡した。その日会えないからさ~」
「母さんにも返さなくちゃいけないじゃん?」
 あんまりこういった話をしたことはなかったが、それぞれ相手がいるやつはすでに準備しているらしい。そうでなくても、貰った分はちゃんと返すように準備しているらしい。当たり前のことを知らないと悲しませるだけだな、と胸に刻む。
「なんだよ、オメーら準備いいじゃん」
「そりゃそうだろ。学校離れてると大変なんだぜ。お前みたいに学校同じ席隣、家も隣なんて好条件ないんだからな」
 確かにそうだ。恵まれていると思う。快斗はクッキーの入った袋にリボンをかける。
「さ、分け終わった。後はほら、快斗」
 薄いブルーのサテンのリボン。かけ終わったら準備は終わり。きゅっと音がして、最後の一つが仕上がる。
「お疲れ様。では当日、ご武運を」
 ぽんと背中を叩く委員長はすっきり爽やかな笑顔で、むかつく事この上なかった。
 
 
「さっむ」
 三月だというのに風は冷たく、今日に至っては陽も出ていないので寒さが増す。
 出会った時から一年に一つ。今年の分も含めて貰ったチョコは九個。貰えなくて不貞腐れてたのは完全に帳消し。同じだけ返すかと考えたものの、それはそれで味気ない。大体、貰ったのだから返したくはない。返すのではなく贈りたい。
 考えに考えて、やっと決めた。いつも通りだけども、喜んでくれるなら、笑ってくれるならそれだけで。
 
 自宅の門扉に手をかけた所で、聞きなれた声が快斗の耳に届く。
「おっかえりー快斗! もうご飯できるよ~」
 リビングの掃き出し窓を開けて青子が声をかけてくる。暗くなってきて見えにくいだろうに良く見つけたもんだ。声かけられただけで、見つけられただけで嬉しいとか我ながらお手軽だ。
「わーった。すぐ行く」
 早くね! と笑顔を返す青子。またせるわけにはいかねーな、と勢いよく門を飛び越えた。